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10月1日 村落のテレビ会議 リロングウェイへの違和感 朝になっても全く腹が減らない。ココアとポテトチップスの朝ご飯でお茶を濁す。午前11時からJICA事務所で、東京や各国のJICA事務所を結んで、生中継で講演をする試みがあり、それに参加する。なんでも一村一品運動に関係あるというからわざわざ出てみたけれど、トヨタでおなじみの「カイゼン」についてひたすら説明するだけの基本的な内容で、無駄ではないけれど、あまり日本人には具体的な意味はなかった。トヨタイズムをこれだけ露骨に宣伝するというのも学者としてどうなのかという気もする。マラウイ以外は外国人ばかりだった。 昼ご飯は、事務所近くのオープンカフェで米、鶏。400MKもした。ナショナルバンクで遅い対応にいらつきながらもATMカードを発行してもらい、帰りにはミニバスでオールドタウンへ行って、パンなどを少し買い出す。晩ご飯はとても腹は減っていないが、先輩隊員がミートソーススパゲティーを作ってくれてみなでいただく。しかも調整員の奥方が天ぷら、ソバ、いなり寿司などを差し入れしてくれたので、図らずも豪華な晩餐になった。夜には、ドミに次長もやってきて、おしゃべりをした。なんでもチュニジアでJICA職員と、シニア隊員が亡くなる交通事故があったらしい。とても他人事ではない。この国でもいつでも交通事故は起きうる。日本とは次元が違う。夜、溜まったメールの返事などを書いていたら2時になっていた。 10月2日 そしてエンバングエニへ 寝不足気味だが、早く目は覚める。今朝も昨夜の続きで先輩隊員が特製ブラックカレーを作ってくれる。激ウマ。なんでも元バラカの隊員が考案した味で「バラカカレー」と呼ばれるそうだ。久々に他人の料理で感激した。今日は帰るだけ。朝から、キリマンジャロに行く隊員がドミで公開パッキングをしている。服が綿シャツばかりと聞いて「大丈夫かな」と心配になる。10時にドミ発。たまたまムズズ行きバスがいて、11時半には出発するという。タイミングの良さに「ラッキー」と思うが、結局遅れて出発は1時半。そんなもんだ。暇なので元毎日新聞記者による「外交敗北」を読んでいた。序文のリズムの悪さなどには閉口したが、中身は力作だ。北朝鮮外交の実情を描く。 バスは出発は遅かったが、走り出したら3時間ちょっとでジェンダについた。早い。たまたまマトーラもいて、とんとん拍子で乗り継ぐ。トゥンブカ語圏になると、心なしか安心する。少しは慣れてきたのか。ガソリン値上げの影響で、バスは700MK、マトーラは400mkといずれも値上げ。風に吹かれるマトーラは快適この上ないが、早すぎて落ちそうで怖い。エンバングエニにつくと「ndhita」のイベントをやっている。かつてない人だかりが中心街にあった。あちこちで「ユウヤ」と呼ばれ、帰ったことを実感する。ティコによってから家へ。疲れた。移動だけでも疲れる。今日は帰っただけ。ブランディーナは昨日からリコマ島へ行ったそうだ。晩ご飯は、腹が減らないのでコーンのバター炒めだけ。 10月3日 彼女の家に行ってしまって 久々にティコを訪れると、朝から衝撃の報告が。ユースコーディネーターでIGAを仕切ってきたウェブスターが、突如「明日からリロングウェイの大工学校に入る」と言い出した。何でも親戚が金を出してくれるのだという。期間は2,3カ月。ティコを去るわけではなく、戻ったあとに大工指導などもできるようになりたいという。その志や良し、だが、ブランディーナが長期離脱している中で、片腕のウェブまでいなくなると、まるで飛車、角、桂馬、香車ぬきの将棋のようだ。なぜ赴任当初にこんなことが重なるのか、と恨み言も言いたくなるが、これが結局アフリカであり、資金のないCBOの現実なのだろう。仕方ない。やれる範囲でやっていくしかない。 午前、約束をしていた小学校のバンダ氏に会いに行くが「忘れていた、ごめん」で終わり。代わりでもないが、金曜日に授業をさせてもらうことになった。帰りに病院でジョイスを探すがおらず。どこへ行っても、知った顔が居て、話がはずむ。この感覚はリロングウェイではあり得ない。金もかかるし、個人的にはエンバングエニの方がよほど落ち着く。午後二時から、CDSSの生徒マリアの家を訪ねる。日本人のペンフレンドを探している彼女が、昼ご飯を食べに来てと誘ってくれた。本当はロズウェルと行くはずが、約束の1時半から45分過ぎても帰ってこないので、「マラウイアンタイムだろうけど、日本人ならあり得ない」と言い残して、1人で探す。自転車で20分ほどでついた。 意外と小ぎれいなれんが造りの家で、表には誰もいないので、裏側に回ってみると、いきなり「キャー」という声があがった。そこに胸をはだけさせたマリアがいた。風呂に入っていたようだ。って、そんな場所で裸になられても。17歳のうら若き乙女の裸体だが、30歳のオッサンには何とも感じられない。年とったなー、と思う。 気を取り直して服を着て現れたマリアは、すきっ歯が特徴的な表情に笑顔を浮かべながら「本当に来てくれるとは思わなかった」と話した。家には甥っ子と2人で、両親は今出かけていないという。テキパキと火を起こして、裏庭で取った卵とトマトをたっぷり使ったソースに、シマを作ってくれた。しかも、自分では飲まないだろう、ぬるいコーラもつけて。何も家具のない、あまりに閑散としたマリアの部屋で、2人向かい合って食べる食事は不思議な空間だった。味はうまい。マリアは英語でポツポツと自分のことを話し出す。これまでリロングエイはおろかムジンバにも出たことがないという。エンバングエニ周辺だけで過ごした17年。きっと、珍しいことでもないのだろう。「いつかリロングウェイに行きたい」という彼女のこれからの人生はどうなっていくのだろうか。日本にペンフレンドが欲しくなるのも分かる気がする。 食後に、普段使っている井戸まで散歩に行こうと誘われ、2歳の甥っ子と、犬二匹を連れて、丘陵地帯を散歩する。草原の中に点在するマンゴーツリー。何もないけれど、スッキリとしてきれいな景観だ。「綺麗な村でしょ」と得意げなマリア。毎日3回は、この歩いて10分ほどの井戸を往復するという。途上、行き交う近所のご婦人方に「あらマリア、どこの男の人」と冷やかされる。シャイなマリアは、照れくさそうに顔を伏せて「早く、行こうよ」と手を握ってくる。少し離れると、やや演技がかった声色で「この人は私の将来の旦那さんよ」と大声で叫ぶ。冗談と分かっていても、あまり笑えない。しかも「ついてきて」と連れて行かれて、父母に挨拶もさせられた。これがマラウイ流なんだろうけど、日本だったら、かなり突っ込んだ行為に違いない。帰り際には、小さな段ボール箱いっぱいに、卵、トマト、米、グラウンドナッツ、バナナ、タマネギ、ニンニクをいただいた。「ティコのみんなで分けるよ」というと「それじゃダメ。あなたが食べて」と。ありがたいが、いろいろな意味で周りにも誤解されそうで、それが多少心配でもある。とはいえ、感謝。 夕方の優しい光に包まれて帰路につく。特に腹も減らないので、また夕食抜き。 10月4日 アウトリーチそして エンバングエニにおける幸福感 今日は集中的に2箇所にアウトリーチに出かけた。エンパングエニ村の近くにあるchiputa村とmajamala kacheche村へ。出発は午前10時。トラブルと2人で自転車で。前者は、マビリへ行く途中の小さな村。木陰で数人の女性らからエイズ遺児とエイズ患者の情報を聞く。特に明確な記録があるわけではなく(ボロボロのノートに断片的な記述はあるけれど)、各人の記憶頼りなので、何とも心許ない。絞り出すように出てくる記憶を一人ずつ書き留めるので、必要以上に疲れる。しかもトゥンブカのみなので。昼飯は、mary bandaさんの家で、卵・トマト/シマをいただく。昨日のマリアと同じメニュー。この組み合わせは美味しい。帰りにmajamalaへ行くが、登録数が多すぎたので改めて訪れることにした。 午後は、明日の小学校における授業に向けて、エイズ教育教材を作ってみた。NTCでも何度かやった「感染する行為、しない行為」の分類ゲーム。果たして小学校でどれくらい理解してもらえるか、読めない部分もあるが、まずはやってみよう。そう、エイズと言えば、今日街中で自転車パンク修理屋2人に「コンドームをくれ」と言われた。前回の反省を生かして、正しい使用法や、コンドームの意味などを説明してから、2人が既婚者であることを確認して(別に独身でもいいが)、1人4つずつ配った。本当はもっとあげたいが、まずは慎重に様子を見るのがいいだろう。これから、噂を聞いて来る人間も増えるだろうけど、「SEXを推奨するようなやり方はやめてほしい」とブランディーナたちに言われているので、使用期限とのからみをにらみつつもうまくやる必要がある。 夕方、リロングエイに出発するウェブスターが、引き継ぎと挨拶にやってきた。2,3カ月というが、この国では口約束はどうなるか分からない。ハガキのことなど懸案も残るがウェブはこれが一つの区切り、とでもいうような清々しい表情で去っていった。 久しぶりにじっくり事務所にいると、たくさんの人との触れあいがある。朝はCBCC(幼児教室)の園児たちが、群がってきて「ユウヤ、ユウヤ、高い高いしてよ」と催促してきて、1人にしてあげると、収集がつかなくなり、10人くらいが体にぶら下がってくる。園児たちは、模倣するのが得意だ。1人が楽しいことをしていると、みなが同じことを求める。「イネー、イネー、ユウヤ、ニャムレー」という声を聞くと、かわいいと思いつつもダッシュで逃げないと大変なことになる。 今日はサッカー仲間のコンもやってきた。コンドームや来年1月にブランタイヤに行く話をした。「さみしくなるな」と気の利いた言葉も英語では出てこないのがもどかしい。マリアもやってきた。仕事が多かったので、妙に疲労感があったが、夕方頃に近所に住むゾンディムエ一派が「遊ぼうぜ」とやってきた。今日は高性能のガリモト(針金で作ったトラックのおもちゃ。ハンドルとタイヤが連結していて、ラジコンのような操作ができる。意外と優れもののおもちゃ)を持ってきて、ブーン、ブーンと走らせている。あきるとサッカーをやりたがるのでボールを貸すと、ロズウェルが「あいつらは遊んで、事務所のものを壊すだけだから貸しちゃだめだ」と言う。日本から送られたボールなので、せっかくなら多くの人に使って欲しいが、ここにもいろいろ事情はあるようだ。 今日は仕事の後のサッカー練習が休みなので、かわりにゾンディムエたちと村の中を探索する。彼らの住むカムガンジェ村に行くと、子どもたちが大歓声で迎えてくれた。そこからゾンディムエの指示するままに、10人ほどの集団で村中をあちこち走り回った。よく分からない歌をみなで歌いながら、野道を走っていたので、周りはみなビックリしていたようだ。それにしても子供は元気。2、3キロはダッシュも交えながら走ったが、転んでも、疲れてても、みな笑顔でついてくる。本当にただ走るだけ。柔らかい西日を背に受けながら、赤土のデコボコした道を子どもたちと一緒に疾走する様子は、かつて戦後の日本なんかで見られたものの雰囲気に似ているのかもしれない。意味もなく走って、道行く人に「今日はどうだった?」と挨拶して、ただそれだけで嬉しくなる。日暮れとともに1日が終わり、そして闇を迎えるシンプルさ。何か、それに意味があるのかと問われれば、「特になし」としか言えないけれど、自分にとっては大事な時間だ。理屈抜きで、ここに来て良かった、ここに居て良かった、そう思える瞬間があるだけで、今は十分だと思う。リロングウェイでは疎外感ばかりを覚えるけれど、ここでは中に入れるような気がする。 晩ご飯は、バラカカレーを真似してみたが、タマネギをスライス止まりにしたためやや違う。甘すぎるかも。映画「パールハーバー」を英語学習のため見る。何この映画?あまりのくだらなさにびっくりした。明日はアウトリーチ。 10月5日 小学生に授業 一つの区切りかも 最近は、エイズ対策員らしい仕事が増えてきた。今日は午前中、アウトリーチでchinbukusa村へ行った。自転車で20分ほど。やるのは遺児、患者のレジスターだけなので地味といえば地味だが、まずはこれをしないことには始まらない。昼前には戻って、病院による。帰り道に、木陰で座り込んで毛糸を髪に編み込んでいる、女子高生(というと変なイメージだが)の集団に遭遇。チャクファの姪のゲトルやジーコなど4人組。普通に店で売っているような毛糸(つまりはセーターになるような)を髪に編み込んでいる。なかなか衝撃的だ。明日はセカンダリーの卒業式で、その準備らしい。卒業式にも出たいが、明日はカタベイで用事もある。難しいところだ。 今日からウェブスターも不在で、事務所では誰も働こうとしない。みなテレビを見たりするだけ。ノラやらゾンディムエら子供が何人か遊びに来るが、今日はエイズの資料を読むために集中するので、相手はできない。今後、遊びを教える時間も青少年活動のように枠組に組み込むのがいいかもしれない。エイズ対策だけでは行き詰まるような予感もある。 昼は、白米も出ないので自宅に戻って、二ヶ月ぶりの即席ラーメンを食べて、午後4時からプライマリーのエイズトートクラブに参加する。そこでバンダ先生のはからいで、簡単な授業をさせてもらった。相手は小学1−8年生まで約100人。選んだテーマは研修所時代からの十八番「感染する行為、しない行為」。エイズ感染に関係ありそうな行為をいくつかあげて、それが本当に感染するのかどうかを各行為に応じて、児童に当ててもらうという内容。結論から言えば、今日の授業では大きな衝撃を受けた。いや、分かっていたことだし、前回の見学でも予感はあった。それにしても・・・。ここの教育現場では自分がやるべきことはほとんどないんだろうという感覚を強く受けた。 取り上げたテーマは、日本では大学生や一般人を対象に実施しても、十分通用する内容だ。単純な内容だが、日本では感染について明確な知識が共有されているとは言い難いゆえ、そうなる。それだけ日本のエイズ教育が遅れているということなのだが、こちらでは、小学生がそういった段階の知識を完璧に身につけている。短期間の集中研修で学んだだけの自分の知識の化けの皮がはがれるような気すら覚えた。 たとえば、児童に「キスでHIVは感染するか」と聞く。定石の答えは、「唾液にはHIVが微量にしか含まれないので感染の危険性はない」というものだが、こちらの児童は「感染の危険性はある。口の中に傷があった場合はそこから感染するおそれがある」と宣う。確かにその通りで、だからこそディープキスやウェットキスは区別される。とはいえ、小学校の児童がそこまで知っているのは想定していなかった。 揚げ句の果てには「コンドームを使った性行為で感染しうるか」という問いに、幼い男の子が自信をもって「感染する」と言い放つ。普通なら「しない」と答えるだろう。しかし、それはただの無知じゃない。教師役の自分が動揺しているのをよそに、児童はこう言う。「だって使用期限が切れているかもしれないから」。ただの屁理屈じゃない。エイズ教育にかかわった人間なら、その答えになると思う。なぜなら、それは授業でどのように、コンドームの正しい使用法を学んでいるかがすぐに分かる深い答え方だからだ。 授業が終わって正直脱力した。久々の英語の授業に緊張したというのもある。いや、でもそれ以上にミスマッチな自分の存在が辛かった。 いや、でもだからこそ、今後の方針を立てる上で良い意味のショックとなったともいえる。考えることにした。明日から視察旅行に行く踏ん切りを漬けることにもなった。誰もいないティコで残ってウダウダしているより、今後のことを考えるために各地の先輩隊員(特に帰国間近の)がどのような仕事をしているか見たくなった。エイズ隊員も。だから、それを見に行く。幸いというか、今はちょうどここにいても仕方がない時期。再来週にブランディーナが戻ってくるまでは時間がある。その時間を無為に過ごすのではなく、各地を見て回ろう。マッサージ師の旅人さんが言っていた。「隊員は最初の時期にこそ、他隊員を見て回るべきだ。そうすることで、任地にいるだけでは見えないものが見えてくる」。今がちょうど第一段階を終えた瞬間なのかもしれない。今日はスッキリした。出かけることに躊躇いはない。2年というスパンで見たとき、今日こそが分岐点なのだと思う。勿論NTCで英語でエイズの授業をする訓練を受けたからこそ、それを後回しにするのは気が引けるが、どう考えてもミスマッチだ。現地の先生が質の高い授業をしているのに、英語も満足に話せない日本人がドカドカと立ち入って、自己満足を優先させるべく、そこで拙い授業をやることはミスマッチ以外の何者でもない。自分にしかできないことは他にあるはずだ。教育もすればいいが、あくまでも本筋ではない。どう活動すべきか、まっさらな目でもう一度確認したい。これからの10日間は、その機会に使う。さあ、もう二時だ。明日はどうするかな。超お間抜け映画「パールハーバー」の残り半分を見る。二股女の勝手さに腹が立った。二枚舌。「夕陽を見るたびにあなたを思い出すわ」「あなたを愛しているわ」って。こんなテーマかよ。真珠湾攻撃の際の外務省の失態などを踏まえて考えると、とんだおまぬけ映画に思える。 |
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