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16日、任国での経験を授業の中で生徒に紹介するJICAの「出前講座」 というのをやってきた。JICAに頼まれて、元協力隊員が派遣される形をとる。 会場は、名古屋市中川区の昭和橋中学校。中学3年生122人が対象。せっかくの機会なので、中学生にマラウイのことを知ってもらおうと、受験準備の合間に時間を作って(つまり夜更かしして)渾身のパワーポイント(計110枚!)を準備。しかし「いざ、勝負!」と乗り込んだは良かったけれど、立派に会場設営された体育館でデータをパソコンに読み込ませるも、なんとデータが開かない! 最近買ったネットブックにはマイクロソフトオッフィスが入っていないのでキングソフト(互換性のある安いソフト)でパワポを作ったのだけれど、開かない。いくつかのパソコンでやってもだめ。 体育館には待ちぼうけの中学生122人。ただならぬ様子に、先生が総出でパソコンを貸してくれるが、どれでもだめ。5,6時間目を使った講演だったので、いつまでもスタートを引き伸ばすわけにもいかず、 結局パワポは使えず、たまたま入っていた手持ちの写真データなどを 使いながら、即興で2時間の講演をすることに・・・。 南部アフリカのエイズ事情や、協力隊の活動内容、エイズ対策の仕事内容、マラウイの文化などを分かりやすく紹介するために加工した資料や動画は日の目を見ることなく、口頭だけで、その事情を説明する時間は冷や汗モノ(前提をよく知っているJICA関係者や大人ならともかく)で、太鼓やチテンジの実演、砂糖袋を使ったサッカーボールでのリフティング体験などはやったけれど、どれだけ伝ったかはなんとも怪しい。休み時間に「クワッチャって円で言うといくらなの?」とか目を輝かせて聞いてきてくれた中学生みんなの期待に応えられず、申し訳なかった。 担当の先生も、「パワーポイントが使えない中で、たくさん話をしてくれて、何とかなりましたね」とフォローしてくれたけれど、事前のチェックを怠って、データしかもってこなかった自分の間抜けさに自己嫌悪。せっかくの一期一会の機会だったのに・・・。 と、あまりのショックで環状線の右回りと左回りを間違えたりしつつ、何とかたどり着いた家で、データが開かなかった原因を調べると キングソフトと思い込んで使っていたプレゼン製作ソフトが実は、starsuiteという別のソフトで、オフィッスとの互換性が低いことがネットなどの情報から分かった。「なんで間違えるか」と言われそうだけど、そんなソフトが自分のパソコンにインストールされていること を知らなかった。「はあー」とため息をつくばかりだけど、失敗は 生かさないと意味がない。非常時を考えてパソコンを持っていかなかった自分がおバカさんでした。しかもstarsuiteで作ったファイルでも、保存形式を変えれば問題なかった?みたい というわけで、翌日17日(つまり今日)ゲストOBとして参加した 協力隊員の募集説明会(名古屋のJICA中部で開催)には 反省を生かして、雨の中、バックパックにパソコンを忍ばせて 自転車で会場に向かった(守山区の我が家から名古屋駅前のJICAは 自転車で1時間)。 参加者は70人。入り口前には、現在活動中のマラウイ隊員ら(GっちんとかKんちゃん、Yすとか)が被写体となった立派なパネル写真が飾られていて何だか懐かしい。 自分を含めた5人のOV(隊員経験者)が簡単なインタビューに応える形で、隊員時代のエピソードなどを紹介し、続いて職種ごとに分かれて分科会。自分のブースに集まってくれた15人くらいの人に、昨日日の目を見なかったパワーポイント使ったりして、仕事の説明。さすがに説明会に来るだけあって、みんな熱心に生活上の疑問や活動に対する不安などを積極的に聞いてくる。兎にも角にも、自分としてはまず、持ってきたパワポが少しでも役に立って良かった。昭和橋中学校の生徒には足を向けて寝ることはできないけれど、次の機会があったら、何とか 挽回したいところ。 ちなみに、分科会に集まってくれたのは可愛らしい女性ばかり。これは筆者が女にもてるとかそういうことでは残念ながらなく、全般的に最近の協力隊は女性が多いこと(隊員の男女比3対5)が影響してるみたい。でも、やはりかわいい女の子には丁寧に説明してしまうのが男のサガ・・・。質問の中では、「英語が心配なんですが大丈夫ですか」「資格とか持ってないんですが大丈夫ですか」という問いが多かった。でも自分が知る範囲で見てみると、もちろん最低限の英語は必要だけど、仕事ができる人は、たとえ英語が下手でも現地いい仕事をしている。所詮言葉は手段でしかなくて、目的ではないし、丁寧に仕事をする人ならば、言葉のハンデも乗り越えて、アフリカでも仕事ができると思う。逆に言葉が流暢でも、現地の人を見下すような態度をとって、親身になって仕事をしないならば、信頼を得られないような気がする。 最近、思うのは、「できる人」は環境を選ばず、どこでもそれなりの成果を出せる。「私にはここは向いていない」と投げ出してばかりの人は、「ここではないどこか」(GLAYの歌みたい)を探し続けても、どこにも行き着けないような。 昔、世界史の授業で、学校の名物熱血先生が「ここがロドスだ、ここで飛べ」というエピソードを紹介していたのが思い出される。どんな場所でも、「使える」人間であるということは、どんな場所でも人生を楽しむということに通じるのかもしれない。 閑話休題。ともかく、約3年半ぶりに出席した隊員説明会(前回名古屋で開催された会に、噂の山田耕平氏を見てみたいと興味本位で出席し、そこでマラウイにおけるエイズの蔓延を知り、即応募を決めた)は、過去の自分たちを見るようで懐かしいものでした。 今となっては、協力隊の可能性も限界もある程度見えてきて、臆面もなく「世界を変える」(協力隊募集のキャッチコピーは「世界も、自分も、変えるシゴト。」)なんてとても恐れ多くて言えないけれど、そういえば行く前は、「何でもいいからアフリカの人を助けたい」とか「今失われかけている命を自分の手で救いたい」とか、ナイーブながらも純粋ともいえるシンプルな思いがあった。2年を経て、ただ手を差し伸べることが、本当の意味で助けとなるのか、自問し、よく分からなくなっている自分がいるけれど、前向きなモチベーション自体は、最終的には肯定できる世の中であってほしいと思う。 そんなことを考えた募集説明会でした。帰国後、何をどう日本社会に還元できているのか、まだ全然分からないけれど、こうやって少しずつ周りの人に、話をできる機会があることは、なんだかんだいってありがたい。受験準備の良い息抜きにもなりました。 おまけ: 全く関係ない話だけれども、市内を自転車で走っていたら、若い女性にいきなり声をかけられた。「結婚についてどう思いますか?男性の意見を聞きたかったので」といきなり質問してくる。怪訝に思って、相手の顔を見ていると、「○○という女性雑誌の取材です。5分だけなんで質問に答えてください」といって、こちらの了解もとらずに質問を繰り返すので、あまりにぶしつけな態度に呆れて、「5分も話す時間はないので、またいつか」と自転車を走らせると、右手を前方に伸ばしながら「ほんとうに、五分だけなんですよーう!!」と後ろのほうで大声を出していた。なんじゃこりゃ、と思いつつも、そういえば、自分が過去に街角で取材するときに、多くの人はいきなりのぶしつけな質問に(もちろん、もう少し丁寧に名乗りますが)きちんと答えてくれていた。取材されて初めて分かるけれども、見知らぬ人にいきなりつっこんだ話を質問されると、なんか警戒してしまう。新興宗教の勧誘かな、とか。(雑誌の名前もビミョーだったし) あとで「ちょっと悪かったかな」と思ったけれど、やっぱり相手の都合も聞かない記者さんに答える義理はないと、思い直して、家路についた。 |
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