ピリカ・アフリカ・ブリタニカ?英国留学珍遊記

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zoom RSS 今、自分にできること/Now,What I can do?

<<   作成日時 : 2011/03/15 05:33   >>

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透明な空気の中、朝、霧に包まれた湖の周りを走った。訪れる太陽の光の中で、この瞬間の幸福を感じるとともに、遠い日本における悲劇とのあまりのギャップに愕然とする。いろいろな思いが頭を錯綜した。
地震から3日たった今、自分は何をするべきなのかをあらためて考えた。

今回の地震において、多くの日本人は、自分の無力さに歯がゆさを感じ、どこにも持っていきようのないやるせなさにさいなまれたと思う。発生から3日が過ぎた今も、地震・津波の被害全容は以前判明せず、多くの助けを待つ人が、いつ来るともしれない救助を心のそこから待ちわびているだろう。余震は続き、原発は爆発し、救助活動は難航し、いつまで続くとも分からない避難所暮らしを数十万の人々が余儀なくされている。こんなときだからこそ、菅首相ではないが「国民が一丸となって、この苦難を乗り越える」必要があるのは間違いない。小さな諍いや、わだかまりなどがかつてあったとしても、そんな小さな相違は乗り越えて、同じ祖国を共有する日本人として、今訪れた危機をいか克服していくか、一人ひとりの日本人に問われているのは、確かだろう。

とはいえ、「みんなでがんばろう」と言ったとき、イギリスにいる自分は何をすべきなのか。何度も自問したが、答えは簡単ではない。きっと同じことを、世界にいる邦人も思っているだろう。いやそれだけじゃなく、国内でも被災を共有していない、とくに関西や九州、四国地区の人は同じようにもどかしい思いをしているのではないかと想像する。いまとなっては日常生活が戻りつつある首都圏もそうかもしれない(それでも計画停電や、食料の買占め、徒歩での通勤など震災の影響を受けている分、随分違うかもしれないが)。
同じ国内で、生きるか死ぬかの決死の時間を闘っている同胞たちを横目に、はたして、自分は日常を何気なく過ごしていて良いのかと。いまこそ、祖国日本を守るために(別に右翼ではないけれど、こうやって祖国のためにというのは、素直な感情だと思う)何か「貢献」しなければいけないのでは、と、思うのは無理も無い。今のように、現場のリアリティが、テレビやネットを通して、膨大に流れ込んでくる時代においては、遠隔地においても、その気持ちが高まるのは自然なことだろう。「普通」に生きている自分に、「何もしていない」と罪悪感を覚え、「何かできること」を探して、行動に走る。きっと、そんな人も多いと想像する。

じゃあ、そんな中、自分はどうしよう?ここ3日、衝撃的な日本の惨状にショックを受け、課題も手につかず、なんとなくニュースの生中継をネットで見ながら、やや呆然とした心境で日々を過ごした。気持ちよい青空の下を闊歩すればするだけ、日本との距離を感じて、「自分は何でここにいるのだろう」と問いただされているようだった。しかしこれは考えてみれば、当たり前のことだ。同世代の多くが、社会で中核的な役割を担い、いろいろな形で日本という国を構成する活動に寄与している中で、自分は国を「放置」して、海外に勉強にきているのだから、今自分がこのような状況にあることは、必然的な選択の結果でしかない。そんな中、被災地で必死の救助にあたる自衛隊員や警察官の姿をメディアで目にして、ただよく分からないおぼろげな焦燥感にかられ、「自分も日本にいて、もっと何かの助けになりたかった」 などと悔やむのは、ただの自己陶酔的な勘違いにすぎない。日本を離れるという選択をしたのは自分なわけであるし。大事なことは、ただ単に自己中心的なシンパシーを示して、ヒロイックに振舞うことではなく、現実を冷静に見極めて、その上で、何か「役に立てる」ことがあるかどうかを、慎重に判断して、もし「ある」ならば、それを行動に移すことだと思う。

英国にいてできること、それは果たしてなんだろう。少し考えてみた。

1 募金
これは、できる。自分でお金を送ることはできる。そしてまわりに募金を呼びかけることもできる。すでにUEAでは日本人の留学生仲間が活動をはじめている。ささやかながら、自分も可能な範囲で、お手伝いさせてもらうことにした。復興段階でお金はとんでもなく必要になる。自分の個人的な信条として、「募金を募る」というのは、本来のボランタリーな意志によるドネーションとずれてしまいそうで、多少の懸念はあるけれど、でも確かに英国人だって、そもそも「募金」する場所がなければ、募金の意志だって示しようが無い。だから、そういったチャンスを設ける活動は非常に有意義だと思う。そして、忙しい中、早速募金グループを立ち上げて、被災地のために、動き出している若い学生たちの熱意には敬意を表したい。すでに学内の数カ所で募金を実施し、800ポンドほど集めたそうだ。これだって、何もしなければ生まれなかった「カタチ」である。そんな行動を軽やかに実行できる若き同胞に拍手です。

2 災害地・日本への関心を高める
これは有意義であるけれど、自分たちがやるべきことであるかは正直微妙だ。すでにBBCや新聞各紙で大量の情報が英国には流れている。(写真下、すべて一面トップは日本の地震)
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こちらの人は、むしろ日本人留学生以上に情報通だったりする(英語力を考えても)。キャンパスを歩いているだけで、ちょっとした顔見知りに「日本の家族は大丈夫か?」と心配されたりする。もちろん生の日本人がそこにいることで、地震・津波に対するシンパシーが生じることもあるわけで(メディアの中だけでなく、「同じ地球で現実に起きている」、という感覚を持つことは大事です)せっかく英国にいる日本人という存在を活用して、日本への関心を高めてもらうというのは、意味がありそうだ。とはいえ、自分でイベント企画の中心になるほど、正直時間はつくれないので(何もなくとも修士課程をやり遂げるのには)、そこは残念だけど。ありがたいことに、すでにUEA内でも学生団体の間で、日本支援のイベントなどが企画されつつある。自分ができることは、可能な範囲そういったイベントの手助けや、必要があれば参加するということくらいだろう。あとは、日本の興味深いニュースや動きなどがあれば、英訳して、ブログやフェイスブックなどで紹介するとか。そして、関心のある学生に何か聞かれたら、できる限り、丁寧に答えることもささやかだけど大切だと思う。なので、できる限り自分が日本人であるということを分かりやすくするため、明日から当分は、日本代表のサッカージャージを普段着にしようかと思う(まあ、いつもと同じなんですが・・・。さすがに赤フンで授業を受けるわけにもいかないので)。英国人の友人は、「これまで身近に日本人の友人がいなかったから、日本の地震と聞いてもぴんと来なかったけれど、今回はたくさん日本の友人がいる中で聞いたニュースだったから、すごくショックで」と話していた。小さなことだけど、こうやって国と国をつないでいくことは、長い目でみれば絶対に意味があることだと信じたい。
(いまこうして、この原稿を開発学部のロビーで書いている中でも、英国人の友人が何人か立ち止まって、本当に心配そうな顔して、「家族は大丈夫だった?何もできないけれど、私にも日本のために祈らせて」と言ってくれる。そう思ってくれるだけで嬉しいし、英国で何か起きたら、逆に何かしてあげたいと思う。きっとそうやって生まれる、人と人、国と国とのつながりが、災害や紛争に対するresilienceにつながる気がする)

3 ネット上で、情報の整理と拡散?
これは今回の地震で争点になっている部分だと思う。情報の不適切な「拡散」が、デマをうみ、不要な混乱を招いているというのは、枝野官房長官が当初に指摘していた通りなのだろう(彼自体がデマを発しているという噂もあるが・・・)。ネット上での活動という意味では、日本も英国もないので、この分野で有益な活動をできる人(情報の交通整理ができる技能がある人)は、英国からでも十分貢献できるのだろう。けれど、自分にはそんな能力は無い。なので、あまり出しゃばるのは正直リスキーな部分もある。

ミクシーでこんな、書き込みをみつけた(ここから入れるかはよく分からない)
「何もしない勇気ももってください」
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=5522501&__from=mixi&id=60764223

いわく
→『良いことをしよう』という純粋な善意だけで、安易にトピを【アゲ】たり、流れてきた情報を『助けなきゃ!』と必死に拡散したりしてる人がいますが余計に秩序がなくなっています。この地震は被災規模・被災者数があまりに多く、ただでさえ混乱を招きやすい状況です。正しい知識がなく、冷静に判断できないなら、むしろネットでは何もしないでください。献血・募金でも十分です。考えなしの善意は混乱を生むだけです。

ということです。厳しい内容かもしれませんが、実に的を射た意見だと、自分は思います。
善意の押し売りというか、一方的な善意は時に、受け手にとっての迷惑になることもあります。
そして、このあたりは、よく考えると、われら開発学を学ぶ人間の得意分野(であってほしい・・・)であるはずじゃないですか。昨日チェンバースから学んだ[Whose reality counts?]こそ、こういった場面で生かされるべき視点だと思います。たとえば、テレビでみた感じ、現場は寒そうだから、と勝手に決め付けて、「毛布」や「衣服」などを送りつけられても、実際には、それがだぶついてしまって、受け手側を困らせることだってある。救助ボランティアとして手伝いたい、と一念発起して現場にいきなりやってきても、救助のプロでもない素人が、現場をウロウロされても迷惑なだけでしかない。

その考えを、ネット上での情報のやりとりに置き換えてみれば、
「何かできることを!」と考え、情報を集めるのはいい。そして、自分がやれる範囲で何か情報を発信する、それもいいでしょう。
例1 スラムダンクの井上雄彦氏が、笑顔のイラストを連続配信
http://www.cinematoday.jp/page/N0031041

例2 募金・義捐金のまとめサイト
http://sites.google.com/site/quake20110311jp/bokin

例3 シャルケの内田選手が、被災地へのTシャツ・メッセージ(ネットじゃないですが・・)
http://www.daily.co.jp/soccer/2011/03/14/0003865016.shtml

例4 世界から届いた日本への祈り
http://matome.naver.jp/odai/2129992696546766901

例5 役に立つ、身近なものから作れる代用品のアイデアまとめ(災害時・緊急時)
http://matome.naver.jp/odai/2130007247948008001

現地の人を励ましたり、勇気づける、メッセージの配信などは、現地でどれだけネットにアクセスできるか
という問題はあるにしても、本当に力強い支えになる気がします。あと、具体的に役立つ関連情報の整理なども、有益な作業だと思います。

またこんな例もあります。
例6
被災地以外で今できることまとめ
http://matome.naver.jp/odai/2130007760648089701

ネットという、これまでにはなかった「意志」「知識」を世界レベルで集約できる装置の可能性を生かしたアプローチは、無限の可能性を秘めていると、今回の震災で痛感させられています。

一方で、
ネット募金詐欺、デマの「拡散」など負の側面も多数見受けられます。
http://d.hatena.ne.jp/d_timps/20110311/1299874073
http://ameblo.jp/jijineta219/entry-10829311811.html
http://teapack554.blog136.fc2.com/blog-entry-60.html

そこに「善意」があるから、「拡散」そのものを否定するのは難しいところですが、メディアリテラシーと同じで
ツイッター、フェイスブックなどで情報を「拡散」する際には、情報の取捨選択をきちんとして、その行為がどういった影響を持つのか、きちんと考えた上で、「拡散」すべきなのかどうかの有無を考えたいものです。
ちなみにマスコミ経験者として一つ付記するとしたら、デマは「群集心理」「競争心理」「疑心暗鬼」が働くことで、爆発的に加熱します。そして、こういった非常時に 「何か役に立つことをしたい!」という、前のめりな姿勢は無批判的な「善意」につながりがちです。つまり、もっとも「デマ」に引っかかりやすい心理状況が作られやすいのが、こういった災害時であることは、関東大震災の事例をみても明らかです。はやりのSNSが、そういった危険性を秘めていることを認識することは、これからの時代ますます必要になってくるのではないでしょうか。
 現実的な考えとして、いまのところ自分は、ソースが明らかで役に立ちそうな情報だけは流すようにしています。英国の人向けに、津波のニュースや、日本の人向けに英国の反応など。あとは、「激励」中心でしょうか。でも、小さなネット上の個人の営みが、大きなうねりとなって、社会や世界を変える可能性だってあるので(エジプトの事例などもそうですが)、ネット自体の可能性に否定的なわけではないです。危険性を理解したうえで、うまく使う、一歩引いた冷静さが何より必要だと思うのみです。

これからの日本を支えるための貢献
ここまで、3つほど現実的な「今自分にできること」の可能性を書いてきましたが、ごく正直にいうと、
こういった英国における貢献は、できたらできたに越したことはないですが、「絶対にやらなくちゃいけない」という類のものではないと思います。だから、誰かに強要することもしません。やれない人は、やらなくても別に「非国民」ではないです。そもそも英国から日本を支援するということには、多少の無理もあります。実効性以前に、「外国にいて、何もしていない自分に対する罪悪感」が、「とりあえずなんでもいいから、役に立ちそうな行動」という論理に走らせている側面があることは、自覚しておくべきでしょう。そして、「自分がやりたいこと」と「現地の人がやってほしいこと」は往々にして乖離しやすいことも、おさえておくべきです。そのことは協力隊時代に、散々痛感しました。「誰かを助けたい」「何かの役に立ちたい」「日本(アフリカ)を守りたい」そういった情熱自体は批判のしようがない前向きなものです。ただ大事なのは、その意志が「自分中心」なのか「現地中心」で生まれているのかを踏まえることでしょう。現地の人の視点にたてば、今の段階で何が必要かといえば、まず@救助(掘り出さないことには始まらない)A医療(放置すれば死んでしまう)B水・食・住居(食べて命を維持しなければいけない) となるでしょう。そこに副次的に情報や、激励といったものが補完されるように思います。だから、救助を妨げるマスコミのヘリはたとえ、情報を拡散するために必要であっても、現地の人からしてみれば「その前に、命を助ける邪魔をしないでくれ」となるのだと思います。そういった状況下で、実は今、英国にいる自分が、一刻をあらそってまで、何か貢献できることというのは、正直ないと思います。救助はプロに任せるしかありません。医療もそう。自分が医師なら今すぐ飛行機に飛び乗って東北入りするという選択肢もあるのかもしれませんが、そうではありません。食料なども現実には、「食べ物自体が足りない」のではなく「適切に分配する経路がない」という、いわばロジスティックの問題で、アマルティアセン先生の言うアフリカの飢餓と似たような構造です。住居は足りないとは思いますが、それだって、まずは救助が先決です。
 そう考えると、「何かしなければ」と焦るのは仕方ないとしても、冷静に状況をみると、むやみやたらと騒ぎ立てず、冷静に報道を追いかけて、これから必要となる義捐金を集めて、あとは日本に必要以上な負荷をかけずに、粛々と日々の生活を送ることが実は、もっとも英国にいて、日本のためにできることではないかと思えてきます。
 救助段階が終われば、長く大変な復興のステージに入ります。はっきりいって勝負はそれからです。すべての日本人が、この東日本大震災のダメージを乗り越えて、国を作り上げていく役割をそれぞれ担うことになります。意志とは関係なく、日本国民である限り、それは絶対です。税金が上がるかもしれない。東日本の復興のために、みんなが不利益をバランスよく受け止める必要があるかもしれない。さらに景気が悪化して、失業率が増大するかもしれない。今回の輪番停電のように、全体でなんとかバランスをとって、東日本の復興を支えていく必要があるわけです。原発が見直されて、電力供給が大幅に減少し、ライフスタイル自体の変革を全国民が求められるかもしれません。その意味で、今回の震災は、本当に、日本を「これまで」と「これから」で分かつ、歴史の分岐点になる可能性を秘めています。「そんなことは、お前に言わわれんでも、わかってる」とお叱りを受けそうですが、自分が心に留めるためにあえて書かせてもらいます。
 だからこそ、今、直接の救助や医療などにかかわれない、多くの「歯がゆさを噛み締める」日本人は、前を向いて、「普通」の生活を継続していくことが、必要なのだと思います。復興に必要なお金を捻出するには、日本はもっと経済的にがんばらないと、どうにも立ち行かなくなります。「同情するなら金をくれ」の家なき子ではありませんが、語弊を恐れず書けば、今こんなときだからこそ、同情しているだけでなく(もちろん同情は大切です)日本という国が生きていくための糧を得ていかなければいかないわけです。むしろ、それこそが、長い目で見て、被災者を助けることにつながるのだと思います。
ツイッターで、こんなコメントを見つけました。

daijapan 血の流れが止まれば人は死ぬ。経済が止まれば国家は死ぬ。傷口を押さえるのはプロに任せて、自分は自分の持ち場を守る。生活を止めない、続ける。傷口を治せるのは本人の治癒力しかいない。今こそ国に力を貯めておく


全く同感です。だから、今、英国で自分が何をできるかといえば、最も優先すべきことは、当たり前だけど、目の前の学問に打ち込むことだと思います。ここで、地震・津波のことで「動揺して勉強が手につかない」などといつまでも言っているわけにも行かないのです。本気で、「日本を守りたい」と思うなら、ここで開発学をしっかり学んで、帰国後に復興支援や緊急災害対策などに活かすことだってできます。こじつけではなくて、本気でそう思います。開発学や社会学でいう、いわゆる社会資本(ソーシャルキャピタル)の考えなども、復興再生を進める上で、活かしていけるものでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%94%E3%82%BF%E3%83%AB(ウィキペディア「ソーシャル・キャピタル」)

仕事がある人は、仕事を通じて、学ぶ人は、きっちり学んで、小さな一歩を積みあげて、形にしていく。それが結果として、大きな日本というまとまりになっていく。だからこそ、倦むことなく、歯車を回し続けることが今、自分にできる、最大のことなんだと思います。

 あと付け加えるとしたら、英国にいながらにしても、「報道を注視しつづける」ことだけは絶対に続けなければいけないと自分では思います。前述したように、今回の震災は、間違いなく日本の歴史上エポックメイキングな分岐点になると思います。それは物理的な被害とその影響を指すのみでなく、基本的な「国のあり方」を問う重要な転換点になるであろうということです。そこで何が起きているかを、きちんと見届けることはこれからの日本を担っていく自分たちの世代にとって、義務であるといっても過言ではないと思います。津波をはじめとする自然災害に対し、どのような哲学をもって国を運営していくか。原発依存のエネルギー行政は維持すべきなのか否なのか。あらためて実感された国際連帯の重要性、グローバルコミュニティーの一員としての自覚。そして「普通」の生活を送ることができる、ありがたさ。その「平凡」を守るために一人一人の国民は、何ができるか?ピンチをチャンスにという言い方は、いまだ、多くの被災者の方が救助をまっている現状において、不謹慎かもしれませんが、少なくとも今回の震災をただの悲劇に終わらせるのではなく、次につなげる一歩とするために、この国に「何が必要で」「どうしたいのか」そのビジョンを描き出す作業に、一人ひとりの国民が自覚的になれたら、と思います。

最後に、知人のある女性警察官から受け取ったメッセージの一部を紹介したいと思います

わたしの仲間たちはこれから続々被災地にいくと思う
いままでよりさらに命にかかわる仕事だと思う
それを見送る家族も不安でたまらないのもすごくわかる

わたしもいつ命かけないといけないかわからない
そういう仕事だから仕方ない
でも大切な家族も守りたい
そんなこと考えていたら涙がでる
かなしい?そうじゃない
こわくてたまらない大切なものを失うかもしれないと思うと。

だから、いま日本人同士でいがみ合うような場所があれば
みんな一旦休止して、協力して、また日本を復興したい
なんにもなくなってしまったと呆然とした人がいた
わたしにできることがあればしたい、そうやって一人一人が考えたらきっと復興できるはず。

助けられる命が一つでも多くみつかりますように。
そしてみんなが家族に一日もはやくあえますように。
わたしはこの二年くらいで、平凡な生活がなによりの幸せなんだと
つくづく実感しているから、余計に普通がどんなにありがたいかわかる。
一人一人が努力して、
いまは東北の人たちを助けよう がんばろうという気運にしよう                                                       (2011.3.12)

愛すべき「普通」の国を、取り戻すために
絶望のあとに、一歩を踏み出すために
祖国の悲劇を気に病みながらも
今、目の前にある課題に、真摯に取り組み、紡ぎ続ける
そして、いつまでも、
この想いを胸に刻み、忘れないでいること

それこそが、きっと
いま自分にできること。

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(イギリスの高級紙インディペンンデント3・13)

追記
いまだ、救助の手が届かず、孤立し、苦しんでいる、多くの被災者の方々に、一刻も早く、救いの手が差し伸べられることをお祈りします。救助にあたられている方々の安全もお祈りします。

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2013/07/05 17:16

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コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
ちょうど夕食時(今晩は遅いのだ)に重なり、投稿を見つけたので素早い返信にて。先日「私は今ここでやるべきことをやるんだ!」と豪語しておきながら、結局手つかず状態だけど、自分の立場でやるべきことをやることが何よりだと心から思うし、同感。極端な例だけど、耳が「私、鼻になりたいの!だって花粉症で苦しそうなんですもん!」なんて言っても、耳が聞こえないと元も子もない。被災されたお年寄りがね「前にも経験してるし(日本を)再建しましょう」って言ってたって知人が教えてくれた。希望を持って苦難と立ち向かう。誰でもどの立場でもどんな程度でも、この姿勢がないと生きていくことができない。納得させられ、再度豪語した言葉を実行しようと思った。次男のブログにも背中を押してもらったよ。

余談だけど、世間に結構疎い私は「拡散」という言葉を今回の地震で初めて知った。不思議だったけど、みんなの動きを見て理解できた。ゆーや君やほかの方が言うように、「拡散」することが少し怖いなぁと思っていた私ですが、いいものは素直に感動するし、声をかけてくれる人たちには素直に感謝して向かい合いたい。この大学では日本人1人だし、「だからこそ」何か行動を起こすべきか?とも考えた。初めて日本人が誰もいない寂しさを感じているのも事実。だけど、本当に多くの人が気にかけてくれる。今日は郵便局で局員さんが気遣ってくれた。世界が「日本のために」と動いている。普段はいろいろ深刻な国交問題を抱えている国も「辛い時こそ真の友日本のために」と動いてくれる。このこそばゆいような感動を決して忘れてはいけないと思った。

今、自分に出来ること。まずは明日の締め切りに課題を間に合わせる事!

食べながらわけわかんない事つづったけど、そんな夕食終了課題に戻ります!
エゲレス長女
2011/03/15 06:45
長女に先越された!ちなみに次女の今日の夕食は図書館にて。わびしいなあ
それはさておき。思いつくままにコメントさせてください〜

■できること1、募金について
ハイチ地震のとき、何もできない自分がもどかしくて何かしたいと思ってたところに、協力隊OBの人がハイチで被災して(そうです、某長男です)、彼の所属する団体が寄付金の受付を開始したことを知り、親や友達、職場の人に声かけてお金を集めて寄付しました。本当に小額でどれだけ被災地の役に立てたのかは分からないけど、ただ想ってるだけでなくて、寄付というアクションを起こしたことで、被災地とつながれた気がしたんだよね。そしてその思いは時を経ても変わらず、ハイチのニュースを聞くたびに、身近なこととして感じられる。だからそういう意味でも、「何かしたい」という想いを持った人の受け皿を作るというのは大事だと思う。とはいっても忙しい人が多い中、なかなか自分でインターネットで情報集めて、寄付するということはハードルが高い。それを、海外にいる日本人の私たちが、まわりの人たちに情報を提供したり、今回のように学内で募金を集めたりするのはすごく意味があると思う。ちなみに、いくら学内に受け皿があるといっても、存在を知らない人が多いし、存在を知っていても、コンタクトをとるのは勇気のいることだと思う。その橋渡しをするために、私たちがさらなる受け皿になることも必要かと。今日、クラスの子に呼びかけたら、みんな快く応じてくれたよ。嬉しかったし、クラスの子も、「何かできた」ことを喜んでいるように思えた。

(つづく)
エゲレス次女
2011/03/15 10:10
(つづき)
■これからの日本を支えるための貢献について
原発のあり方について。地震の前の話だけど、大好きな某ミュージシャンのブログに紹介されていた映像を通して、現在建設が進められようとしている原発が、いかに非民主的な方法で強行されようとしているのかを知りました。http://6109.jp/akg_gotch/?blog=214630 
(関連日記: http://6109.jp/akg_gotch/?blog=215031)
福島の原発がどういう形で地元の合意を得て建設されたのかは分からないけれど
でもこのような形で一部の人たちに負担を強いていることにただ申し訳なくなってくるね。
今回の福島の件は、他にも原発を保有している国にも影響を及ぼしてるみたい。これをきっかけに、海外の人たちと原発のあり方について話すのも一つだよね。それはきっと海外にいるからこそできることかと。(ちなみに今日給湯室で偶然ロブと会ってこの話してたんだけど、彼はどちらかというと推進派のようだったよ)

■つけたし
今回の地震で再認識した、身近な人への愛おしさ。昨日まで普通の生活をしていた人が、昨日までいるのが当たり前に思っていた人が、一瞬にして、この世からいなくなる儚さ。これはゆーやさんが前のブログで書いてたことだけど、家族をはじめ、身近な人をもっと大事に思う、思うだけでなく、それをもっと形にしていきたいと思ったよ。たとえば、4月3日は母の日。遠くにいても、カードを送って、一言「ありがとう」と伝えるだけで、きっと心は通じ合えると思う。早速、母用と祖母用を買いました^^

以上、まとまりがないけど。。。

あ、最後に。ゆーやさんのこのブログで、頭を整理したり、気持ちを落ち着けたり、いろいろ考えたりした人は多いと思う。「自分にできること」、早速実践しててエライぞ!ありがとう
エゲレス次女2
2011/03/15 10:12
ハロー長女
 コッツオルズは日本人が他にいないから、UEAとはまた一味違うだろうね。ますみんも書いているけれど、「世界が日本のためにと動いてくれる」というのは英国で目の当たりにすると、なんともいえない熱いものを感じます。そう、普段は綺麗ごとにしか思えない「同じ地球に住むものとして、世界のみんなで助け合おう」という青臭い言葉が、本当に大事なことなんだなと、素直に思えるしね。「拡散」初めて知った?実は、・・・自分も。最初はネット用語っぽくて、なんか違和感があったけれど、みんなの熱い「拡散」の使い方をみていると、なんか嬉しくなって、好きなネット用語になりました。今年の流行語大賞かな笑?
もちろん使い方を間違ってはいけないけれど、その無機質な言葉の裏に「人と人の温かいつながり」が感じられて、なんか「日本人って捨てたもんじゃないな」といつも励まされています。
そうそう こっちも、これから課題の締め切り山盛りなんだよね。間違っても「地震のために、精神的に追い詰められて、論文なんて書いている気分じゃありませんでした」なんて言い訳をしないように、しっかりきっちり、向き合いたいと思います。まあとりあえず、明日の論文締め切りに間に合うといいね!


yuya
2011/03/15 10:18
ハロー次女
 もうコメントというか、普通の記事だよね笑 ありがと。
募金について
>本当に小額でどれだけ被災地の役に立てたのかは分からないけど、ただ想ってるだけでなくて、寄付というアクションを起こしたことで、被災地とつながれた気がしたんだよね。そしてその思いは時を経ても変わらず、ハイチのニュースを聞くたびに、身近なこととして感じられる。

これは大事なことだよね。金額の多寡ではなくて、気持ちがつながるということが、その後ずっと大きな意味を持つと思う。そして、受け皿の大切さというのもなるほどと思います。そうなんだよね。意外と募金したりするのって、ハードルが高かったりするから、できる範囲で、周りがお膳立てするのは、助けになる気がします。これぞDEVスピリッツ(?)。最後に決めるのは「現地の住民」もとい「本人」なわけだしね。

原発
>原発自体の是非は、簡単に結論を出せないけれど、今の状況に問題があること自体は間違いないよね。ネット上などでもかなり議論が沸騰しているけれど
これは貴女のように、環境を学ぶ人々が(もちろんみんなの問題であるのは大前提ですが)どんどん発言していくと有益な気がします。原発問題って、切り口がたくさんありすぎて、一歩間違うとただの政治闘争になってしまうので、扱いは難しいのだけど、これからの日本を、世界を、エネルギーと言う観点から考える上で絶対に避けては通れないトピックであるのは間違いない。



yuya
2011/03/15 10:42
つけたし
 失って初めて気づく、そのありがたみ。人間は往々にして
そうやって、大事なものを「持っている」時に、その価値に気づけない
ようなところがあるけれど、やっぱり、日々、その大切さを顧みることは
大事だと思います。災害がなくとも、人がいついなくなってしまうかなんて
誰にも分からない。失ってから後悔するのでなく、今ある時間の中で
大切なものを「大切にする」という
当たり前のことを忘れないで生きていきたいものです。
yuya(つづき)
2011/03/15 10:42
毎回、報道的な冷静な目線にハッとさせられます。同じく海外生活者として考えさせれらる一時。発言、行動の全てに気をつかい、身動きが取れなくなってしまいそうでした。当たり前だった日々の物事で自粛するべきこと幾つか、、個人的に削除しました。やや余裕のない国で余裕がなく生活する身として出来ることは限られていますが、真心の和を周囲に広げる中で、ここならではの出来ることに繋がっていくように日々すごしていこうと、、ある部分で恐縮ですが割り切りました。それでも長い目で見て必ずお役に立てるように日々をすごしていこう、、YUYAさんの見解に元気を頂きました。ありがとうございます。
はちどり(南米より)
2011/03/15 14:50
はちどりさん
 はちどりさんのように遠く南米で活躍されている立場だと
日本のことが心配でも、なかなか身動きをとるのも難しく
歯がゆさもなおさらだと想像します。

>「真心の和」を周囲に広げる
これって、すごく大事だと、最近あらためて痛感しています。
小さな想いの輪は、必ずどこかでつながっていくと
信じているし、確信しています。
はちどりさんの演奏は、いろんな人に世界の一体感を
感じさせる力を持っていると、僭越ながら思います。
お互い、母国からは遠い場所にいますが、地道に
紡いでいけたらいいですね
yuya
2011/03/15 18:10
ゆーやの文にはいつも勇気づけられるわ、
ありがとう。
komiyan
2011/03/15 19:20
どういたしまして。
お互い様だよ
yuya
2011/03/15 19:25
今日から普段通りに仕事をしています。経済をまわしていくには、皆がいつもの仕事をいつも通りにまわしていかないとね。1日1日を噛みしめています。
soyokaze
2011/03/16 22:43
不思議だな。ゆーやの言葉を見て、びっくりしたよ。
おれも、おんなじような気持ちになったよ。
大阪にいて何もできず、ただ報道を眺めているだけ、
そんな自分がもどかしく、とにかく何かをしなくてはと思ったけど、
果たして何ができるのか?自分がやろうと思っていることが、
本当に被災した人々が望んでいることなのか?
考えも無く自己中心的な援助はただ自己満足の世界でしかないのでは?
と、マラウイにいた時のことを考えながら
とにかく今は、幸い災害にあわずに健康でいる自分が、
与えられたミッションを、日常を、いつもどおり
いつも以上にがんばることが、今の自分がすべきことなんだと思ってる。
被災した人々は、肌を寄せ合い、厳しい状況の下でも、助け合いながら
とにかく今を生きている。
うだうだ考えている暇があったら、とにかく今自分がやるべきことを
しっかりやる。それに尽きると思う。
まる
2011/03/17 01:37
soyokaze san
 一日一日を大切に。まずはそれが大事だね。
yuya
2011/03/17 10:29
まるーにょ
 同じヘビ年会マラウイ組だから、やっぱり考えることは似てるんよ。今回のブログの記事を書いて、多くの人から、「自分も同じように考えていた」という返事をもらって、すごく心強く感じたよ。状況は依然大変で、全く好転したといえる段階ではないけれど、今回の震災を通して、みんながいま感じていることを、これから本当に実行していければ、絶対に日本は変わっていける予感がある。そうやって今後の日本を作り上げていこうと考える同志が、たくさんいることに、限りない心強さを覚えます。働きすぎて、倒れないようにね!
yuya
2011/03/17 10:36
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Snoroulaaleri
2012/09/18 20:52

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今、自分にできること/Now,What I can do? ピリカ・アフリカ・ブリタニカ?英国留学珍遊記/BIGLOBEウェブリブログ
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