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ピリカ・アフリカ・ブリタニカ?英国留学珍遊記

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ピリカ・アフリカ・ブリタニカ?英国留学珍遊記
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20代最後の年に、青年海外協力隊のエイズ対策隊員としてアフリカ・マラウイに渡った赤味噌王国名古屋出身の山系ライター・中村雄弥の日記帳。興味関心の中心は、ジャーナリズム・山岳スノーボード・川・沢・紛争・脳・スープカレー・ギネスビール・文化人類学・アフリカ・アラスカ・餃子・マテ茶・ストイコビッチなどなど。2009年初夏に帰国し、中日ドラゴンズからFA宣言。現在はイギリス、NorwichにあるUniversity of East Anglia開発学部修士過程に在籍。Rural Development を専攻。今後の人生は不明。老後は安曇野か富良野で、森のカレー屋さん。冬の斜里岳をこよなく愛す。Yuya Nakamura's blog
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南相馬の旧警戒区域でボランティア (2)

2012/05/20 12:30
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小高地区内には、津波で流された車がいまだあちこちに放置されている。

2日目の夜はボランティアセンター内に泊めてもらったので快適。午後10時に消灯するまで、南相馬でこれまで継続的に活動してきたボランティアの人たちに話を聞けたので良かった。
 ボラセンでは6時半から掃除をするので、それまでにカップラーメンなどで朝飯を済ます。パワーオブジャパンという団体が150人ほどの大集団でやってくるらしい。そして7時半から、今日のリーダーをきめるミーティング。そこで、2日目の参加にして、「中村さん、一つの活動場所でリーダーやってください」といわれる。さすがに、地名すらわからず、ここの文化も分からぬ立場として、「土地勘もないし、ここを知ってる人にやってもらったほうが良いのでは」と渋るも、「問題ない」と強引に押し通される。ベテランの人が近くで活動するらしいから、フォローしてもらうように頼んだ。作業の流れは大島ともそれほど変わらないので、問題はないけれど、何かあったときに地理に不案内な人間では対応にも困る。場所によって、ボランティア活動の進め方にもいろいろあると実感。

わがグループのメンバーは5人で、小高地区で津波をかぶったお宅の泥だしが今日の任務。これまで大島で、お宅内の泥だしはしたことがあるけれど、今回は自宅外の敷地全体に堆積した泥をはがして欲しいという要望だ。庭はもちろん、縁側、道路から家の玄関へいたる道すらもまだ全体が分厚い泥に覆われていて、車などが中に入れないという。徒歩で家に入るにも泥を越えていかないといけない。昨年10月から被災地に入った自分にとって、こんなケースは初めてだった。ボラセンで、経験の長いボランティアの人から「他の被災地より半年以上は復旧が遅れている」と指摘する声を聞いたけれど、まさに・・・。

家主さんも来てくれて、どの部分の泥かきをするか相談するが、範囲が広く、とても5人では終わりそうにないので、まずは優先して玄関回りの泥を除き、道路までの通路をきれいにすることにした。

生憎というか、天気は快晴。5人でスコップとネコ(一輪車)を駆使して、ガンガン泥を削っていく。すごく暑い。汗がダラダラになる。15−20センチほどの泥の層がサクサク剥がれていくので、ある意味快感だが、とにかく範囲が広く、先が見えない。
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写真では分かりづらいが、泥が厚い層になっていて、それを取り除くとコンクリートの土台が出てくる。

闇雲にやってもしかたないので、まずは泥を積み上げる山の場所を決めて、そこに至る道をつくり、ネコを走らせる。そうやってちょっとずつ敷地の奥に進んでいく。掘る泥は文字通り山のようにあり、目に見えて成果がでるので、やりがいはある。

作業負荷が高く、しかも夏のような炎天下で、すぐに疲労するので、30分ごとに、休みを取りつつ働く。昼までに表玄関前の半分くらい終える。泥の下にコンクリートの土台が出てくると歓声があがる。昼前には、久々に実家を訪ねて来たという家主さんの弟がやってきた。「震災後初めてやってきましたが、まだ、こんな状態とは」とショックを受けたようだった。

 午後は、引き続きの泥かき。今回のメンバーはみな40代以上の人たちで、何度も南相馬には来ているらしい。なのに到着2日目で年少の自分がリーダーという微妙な状況だったが、みなフットワークが軽く、にぎやかにおしゃべりしながら作業できた。

硬い層は、ケンスコ(先が三角に尖ったスコップ。四角い角スコよりも硬い層を掘り起こすのに有用)できれいに、スノーブロックのように切り出せるので楽しい。投げては掘り、掘っては投げ、ハイの状態でみんなで一気に掘り進んだ。午後は家主夫妻もやってきて、一緒に作業した。「早くここに戻ってきて、住みたい」といっている二人の多少なりとも手助けになればいい。水抜きに、泥だし、ガレキ撤去。ここでは、目に見えてマンパワーがまだまだ必要なのは間違いない。そのことがもっと多くの人に伝わるようにしないと。

 家主さんは、震災前まで一緒に住んでいた家族7人が、今は仮設住宅を含む5箇所に分かれて住んでいるという。「なんで、こうなったのかね」と表情を翳らす。孫は放射能汚染の少ない東京へ避難しているそうだ。家主さんは、条件が許せば(現在は夜間の立ち入りを禁じられている)、できるだけ早く家に戻りたいという。それでも、
たとえ復旧したとしても、孫がここに戻ってくる可能性は低いかもしれない。こんな状態を生み出した原発事故の不条理をあらためて思う。

 時間いっぱいの午後3時半まで作業して、最後になんとか玄関から道路への道を開通させることができた。みんな、やや体を酷使しながらもよく動いた。とはいえ、まだまだ敷地全体でいえば一部に過ぎない。ささやかな自己満足かもしれないが、少しでも家主さんの生活が復旧する手助けになればと思う。コンクリートの土台が顔を覗かせたとき歓声があがり、ボランティアメンバーと家主夫妻、みんなの顔がほころんだ。泥をはがすだけでも、心持ちは変わる。そう感じた。

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夏のような気候。正直疲れた。掘っても掘ってもキリがないので、めげそうになるが、逆に、それだけ明確にやらなければいけないことがある、とも言える。こんな場所にこそ、力のありあまった若い学生を連れてきたいと思う。ここにいる住民の人たちは口々に「うちも手伝ってほしい」と声をかけてくる。昨年の震災直後に、行動を起こせず、「自分は何もできなかった」ともやもやしたものを抱え込んでいる若者がいたら、南相馬にぜひ行くといい、と呼びかけたい。ここには、まだ現在進行形の復旧作業が山ほど残っている。もちろん他の被災地もまだまだ復旧の途上だし、他と比較して、南相馬に来るのが良い、というわけじゃないけれど、旧警戒区域の被災地が、復旧の初期段階におかれているのは間違いない。そして力仕事が求められている。だから、体を使った貢献をしたいと考えている若者には、こういった現状がいまだにあることを知ってほしい気がする。それに、福島第一原発事故の影響で、こうした生活を余儀なくされている人たちがいることを肌で知ることも大切だと思う。放射能汚染と原発の問題は、決して他人ごとでなく、日本人としてこれから数十年単位で背負っていかなければいけない問題であるわけだし。

仲町のボランティア活動センターは、これから小高地区での作業を本格化させるため、拠点を小高地区内に移すことも検討中だという。具体的には6月以降どうなっていくかまだ調整中だそうだが、夏に向けてボランティア作業の需要が増えると予想されている。自分も機会を見つけて、再訪したいと思う。時間に余裕のある学生の人たちも、ボランティアをする場所の選択肢として、福島県内の旧警戒区域をぜひ考えてみてほしい。

仲町ボランティア活動センターの情報は以下のサイトで
http://ameblo.jp/v-home-net

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1年ぶりに警戒区域が解除された南相馬市小高地区にボランティアで入る (1)

2012/05/18 21:52
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ゴールデンウィークの後半、南相馬市にボランティアへ行って来た。南相馬といえば、市の南部が福島第一原発から20キロ圏内で、これまで約一万三千人もの住民が避難対象となり、他の地域へ逃れていた。しかし、この4月16日から、これまで立ち入りを制限されていた同市小高地区の大半が警戒区域から外れて、自由に出入りできるようになった(夜間の宿泊などは依然禁止ではあるけれど)。そういった状況の変化を受けて、この連休から地区内のガレキ撤去や泥だし作業がようやく始まったのだという。
 
 ボランティアが小高地区に入れるようになったのは、まさにこの大型連休から。筆者はそのことをいわき市内で読んだ福島民報の記事(5月2日付け)で知った。同地区は、これまで震災直後から立ち入りが制限されてきたため、ガレキの片付けなどが全く進んでいないという。つまり、震災直後の状態が「手付かずのまま残っている」そうだ。放射能におびやかされている福島県内の”今”の空気を感じておきたいという個人的な思いもあり、今回の連休はいつもの気仙沼大島ではなく、あえて南相馬で活動することにした。

 新聞記事を頼って、南相馬市内に来たものの、どこへ行けばいいのか分からない。南相馬は、市町村合併で巨大化した市なので、あてもなく彷徨うのも辛そうだ。
そこでとりあえず市役所を訪ねると、
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「北の鹿島地区にボランティアのセンターがある。そこに行ってください」と言う。指示通り、市役所から7キロほど離れた市北部の鹿島地区へ向かう。ここのボラセンは、社会福祉協議会の中にあり、周囲には仮設住宅なども立ち並ぶ。近くに保育園などもあるけれど、児童施設の近くには必ずといっていいほど線量計がある。
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ボラセンにも、こんな感じで
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見慣れないうちはギョッとする(すぐに慣れてしまうのだけど・・・)。社協の入り口に張られた模造紙には、AKB48が慰問講演に訪れた際の様子が、まとめられている。全国的な注目を浴びたボラセンであるようだ。しかし、職員の人に話を聞くと、「今、うちではガレキ撤去はしていません。仮設住宅での”サロン”をボランティアの人に手伝ってもらっているだけです」という。肩透かし。それでは、どこに行けばいわゆる「ガテン系」の作業ができるのかと問うと、「それは、きっと仲町ボランティアセンターのことですね。市役所のそばにあるので、そこへ行って下さい」と言う。いや、今市役所から来たんですが・・・と悪態もつきたくなるけれど、まあ市職員にそこまで期待する自分がバカだったとしておこう。社協の係員さんは「確かに仲町でボランティアはできますが、あくまで、あそこは任意団体ですから・・・」と言外に、相手を軽んじるようなニュアンスをにじませていたのが、ちょっと気になった。

そんなこんなで、南相馬にきてもタライマワシ。車で来て本当に良かった。これが徒歩だったら、MK5(死語ですね。ヒロスエのMK5ではありません)になってもおかしくない。

多少イラつきながらも、市役所方面に戻り、その近くにある原町区の仲町ボランティア活動センターへ。ここは、旧児童センターを借り受けて運営されている「任意団体」のボラセンで、敷地も広く、建物も立派だ。駐車場もかなり広い。
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中で係員の人に話を聞くと、普段は無料で宿泊も受け入れているが、今夜は大型連休で人数が多いので、受け入れることはできないという。ただ、翌日朝8時にセンターに再び来てくれれば、小高地区の作業には参加できるそうだ。なので、この日はさっさと退散。近くのワークマンで、家に忘れてきた踏み抜き防止インソールを購入(780円)し、南相馬の道の駅で、車中泊することにした。似たような考えの人も多いようで、夜の道の駅は数十台の車両でぎっしり。しかも、応援に来ているどこかの県警職員も、道の駅で宿営しているようで、警察車両がひっきりなしに行き来するのが、精神衛生上よろしくなかった。しかも彼ら警察官は、道の駅のトイレで歯を磨いたり、洗面をしていた。仕事で来ているのに、まともな宿もあてがってもらえないとは、ちょっとかわいそうになってくる。

翌朝、コンビニで福島民報を買う。ボラセンに着いたのは7時半過ぎ。続々とボランティアの参加希望者が、センター内のホールに集まってくる。大型連休の後半初日(3日)だったこともあり、すごい人数だ。70人くらいいる。いつもの気仙沼大島では、ボランティアを受け入れる側なので、他の地域で、どのようにボランティアを受け入れ、仕切っているのかを見るのは興味深い。

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午前8時過ぎになると、同センターを仕切っている松本光雄センター長から、当日の案件と募集人数が発表される。そして、希望者が早い者勝ちで挙手をして、マッチングが決まっていくシステム。
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この日の案件は、小高地区ばかりで、ガレキ撤去、泥だし、家財道具の運び出し、草刈などが多かった。前日からの継続案件は、基本的に前日の参加者が引き継ぐらしい。自分は、この日が初日だったので、余った最後の案件へ参加することにした。小高地区の側溝から泥だしをするのと、津波が入った民家から泥まみれの家財道具を運び出して、その後、家の中にたまった泥を出すという作業。メンバーは個人参加を中心に15人ほど。

 スコップやレーキなど大島でお馴染みの装備を軽トラに積み込んで、いざ出発。センターにはあまり車がないので、みなマイカーで移動するのが基本。仲町のセンターから小高地区までは国道6号を南下する。15分ほどで、警戒区域が解除されて間もない小高地区に入る。

小高に入ると、明らかに雰囲気がかわる。田んぼに突き刺さったままの車両などがあちこちで見られる。
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窓が割れた店舗や、破壊された家屋が震災直後から変わらぬような様子で、視野に飛び込んでくる。

ガソリンスタンドも、放置されたまま無人になっている。
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これが(元)警戒区域か。まるで3.11から時間が止まったような印象で、言葉を失う。作業をする村上海岸方面に入っていくと、破壊されたまま片付いていない建物が次々と現れる。
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「こんな場所が、まだあったのか」、というのが率直な感想。連休だからか、久方ぶりに家に帰ってきて片づけをする住民も結構いる。予想に反して防護服に身を包んだ人は一人も見なかった。0・2マイクロシーベルト/時間未満という空間線量を考えれば、妥当なのかもしれないが、こういったことは、実際に現場に来て見ないと分からない。

今日は、この中の一軒で、側溝の泥だしをして、家屋の中においてある荷物を外に出す。

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しかし側溝の泥だしは、排水ポンプがうまく作動しないこともあって、すぐに断念。家の中の家財道具を運び出すことに専念する。

 ここでもちょっと驚いた。家財道具はほぼ手付かずのまま家の中に残されていて、震災直後からほとんど触れられていないようだった。家の中や押入れにたまったヘドロや、海水が悪臭を放つ。思い出の写真集や、寄せ書き、通帳なんかも次々と出てくる。泥もあちこちに厚く堆積している。15人ほどのチームだったので分担して作業。運び出した家具は、外の空き地に積み上げる。ものすごい量だ。しかし、この家財はどこにも行き場がないという。旧警戒区域内の廃棄物は、放射能汚染への警戒から、一切外に持ち出せないのだという。だから、ただ積み上げておくだけ・・・。外から持ち込んだ弁当の空き容器などもルール上は持ち出せないのだそうだ。

 メディアも旧警戒区域の片付けには関心が高いようで、毎日新聞の社会部記者とNHK、フジテレビのクルーなどが取材にきていた。

 昼休みは、近くのセブンイレブン(原町区内。小高地区ではまだ店の営業などはしていない)で弁当を買ったりする。自分は持ってきたパンを食べる。海沿いから1キロほど入った内陸でも、まだ水がたまっていて、半分海のような不思議な景色。青空と白い雲、のどかな春の日差しのかたわらで、破壊された家々がそのまま残る。そのシュールな光景に慄然とする。
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 家の中の片付けは、午前中で概ね終わったので、午後は、庭の草や泥を撤去する。それにしても、これだけ体を使う作業はほんとにいつ以来か。気仙沼や大島でも最近はほとんど瓦礫撤去などいわゆるパワー系の仕事はほとんどない。しかし、ここはまだやらなければいけないことがありすぎる。作業をしていると、近所の住民から「うちでもやってくれ」と次々に声をかけられる。ガレキ撤去に、泥だし、やるべきことはいくらでもある。しかし人手が絶対的に足りない。今、被災地でこんな場所はほかにないのではないか。本当にタイムスリップしたような不思議な気分に襲われる。ここにもっと人を連れてこないといけない。そう感じた。

 天気が不安定で、雨が断続的に降った。作業の終わりには、雨上がりの空にきれいな虹を見ることができた。足まで見える虹。こんな破壊的な景色の向こうにある虹だから、それはとても不思議だった。
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手前は、元々田んぼだが、海のように水没したまま。

今日の作業は何とか終わった。それでも周りをみると、泥だしどころか、水抜きすら手付かずの家が無数にある。ため息が出る。

 作業終了後、警戒区域が変更された今、立ち入ることができる南限まで車を走らせてみる。ちょっといくと、打ち棄てられたセブンイレブンなどがある。当たりまえだけど、このエリアにあるすべての店は、放棄されたままで、ゴーストタウンのような状態になっている。その先に警察の検問があった。よく見ると、そこに来て写真を取っている県外ナンバーの観光客らしきグループがけっこういる。きっと自分もそう見えるのだろうけれど、気持ちの良い景色ではなかった。確かに、この南相馬の現状を見て、誰かに伝えることは、無駄じゃない。でもせっかく南相馬にやってくるなら、「よそ者」には少しでもボランティア活動に参加するなどして、復旧のお手伝いをしてほしい気がする。「観光に来てください」と言えるようになった他の被災地とここでは、まだ復興の段階が違いすぎる。ただの物見遊山が許されるような、場所とは到底思えない。自戒をこめて、そのことを肝に銘じたい。

仲町に戻る。その日は、空きが出たので、ボラセンに泊めてもらえることになった。近くのビジネスホテル「高見」で日帰り入浴する。500円で超快適。
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思うところの多い、一日だった。

仲町ボランティア活動センターの情報は以下のサイトで。
http://ameblo.jp/v-home-net

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「わが母の記」を、わが母、と見た 

2012/05/16 23:50


最近、話題に上ることが多い邦画「わが母の記」を、わが母(と父)と見てきた。今は、平日も休日も関係ないので、空いている平日に映画館へゴー!(これでいいのか・・・・いいのだ!)

普段、映画などほとんど見に行かない我が両親だけど、せっかくの母の日なので、と前売り券2枚をプレゼントしたら(一枚1300円)なんと、すでに60歳以上のシニアなので、普通に入場しても1000円で済んだというオチ。無念。

なぜ、「我が母の記」か。端的にいえば、新聞紙上の評価がとても高かったのが大きい。特に樹木希林の演技がとてもいいとか。それがどんなものなのか見てみたかった。

映画は、井上靖の同名小説を原作としている。役所広司演じる、作家と、その母の物語。そこに宮崎あおいや、ニムラといった役所の娘たちがからむ。内容としては、とてもシンプルで、年老いた母が、夫の死を機に、認知症のような症状を見せるようになり、その変化に、周囲の家族が振り回される。悲喜こもごものエピソードとともに右往左往させられる家庭を、年代順に描いたもので、衝撃の展開があるわけでもない。事前の予想と大差がないといえば、大差はない。いわば予定調和。

しかし、その地味な展開が、とても沁みる。役所をはじめ脇を固める俳優の味ある演技に加え、樹木希林の不思議な存在感。そして、物語の軸になる、ある秘密。

それ以上書くと、未見の人の興をそぐかもしれないので触れないけれど、地味ながら、こういう展開は、個人的には琴線のど真ん中に触れる。直接、語らないことで、そこに込められた母の想いの大きさが、伺われ、不覚にも目頭が熱くなる。役所広司の役柄は、自分よりも20−30歳は上の設定だろうけれど、その「秘密」に触れたとき、打ち震える彼の演技に、自分も心情を重ねあわせた。波打ち際で、老いた老婆を背負う作家の姿に、陳腐な言い方かもしれないけれど、母への想いという、簡単には言葉にできない感情の発露を感じた。

そんなわけで、いい映画だった。映画の中で、何度か姨捨山の話に言及されていたけれど、「楢山節考」とあわせてみるのもいいかもしれない。年を重ねるとともに、記憶が失われていく人間という存在。生きるということの不条理と、深さを、静かに見つめなおすきっかけになるような、渋い、日本映画だと思う。

と、いうわけで、自分は、この映画に、それなりに感銘をうけた。これは親子で見に来て良かった。と自己満足に浸りつつ、隣に座っていた母に聞くと、なんと!「途中で寝てた」そうだ・・・・・。そして「退屈で気がついたら寝てた。やっぱり、サスペンスとか、スパイものとか、そういうのがいい」と。

なんというべきか。まあ、この映画をみて、「自分の最後はどうなるのか」と落ち込まれてもこまるので、それはそれでいいけれど、ここまで感想が異なるのにびっくらこいた。「お金持ちのばあちゃんだから、最後まで面倒みてもらってしあわせだけど、現実はこんなきれいじゃないわ」と母。実際に、祖母の介護などに直面してきた立場からすると、こういった映画もきれいごとに映るのかもしれない。それは、自分のように現実を知らない立場には正直分からない。母の言は、よりリアルなのかもしれない。 そんな風にも見えるんだなと、ある意味感心したような脱力したような。まあ、でも、自分としては、そうやってただ「感動」するだけでなく、映画を「相対化」することができて、ちょっと面白かった。

それにしても、母親と子の、絆はやっぱり特別なんだなと、あらためて思う。そして、分かっていても、泣かされる。












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乗鞍岳で山スノーボード

2012/05/15 00:00
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およそ2週間にわたった東北、甲信越のツアーがようやく終わって、名古屋に戻ってきた。12日は、旅の最後に北アルプスの乗鞍岳に登ってきた。
 12日は、冬型が緩んで、高気圧が張り出すという予報だったので、それを見込んでアタックをかける。車で上がれる三本滝まで前夜のうちに入る。気温は0度まで下がる。5月でも冬型は冷える。
 朝6時を越すと駐車場は車でいっぱいになった。さすがメジャーなルートだ。上部のガスは飛ばないけれど、午前7時、とりあえず出発する。三本滝から位ヶ原まではバスが出ているそうで、8時20分まで待つと初便が出るが、せっかくなので歩くことにした。

 三本滝から少し上までは、雪がまだらだが、100mほどゲレンデ沿いに上がると、すぐに雪がルートを覆う。下りは快適に滑って来れそうだ。1時間ほど上がったところで、北西風が強まり、上部のガスが依然抜けない。このタイミングで上部に出ても吹雪いていそうなので、少々森林の中で待つ。同じように、回復待ちをしていた自衛隊のおじさんとおしゃべりしながら時間を潰すが、なかなかガスが飛ばず、風もやまない。2時間ほど待ってから、痺れをきらして、上を目指す。樹林帯を抜けると、上部にたくさんの人がいるのが見える。聞くと、今日はバスが5台出たそうだ。歩いて登る人はほんのわずか。なんだか空しい。

 樹林外に出ると、視界が不安定なので、コンパスを切りながら進む。上部が依然ガス。風もあるので、シュカブラが多く、滑ってもあまり楽しくはなさそうだ。小屋の近くから稜線北のコルまでコンパスを切ってまっすぐに進む。多くの登山者は位ヶ原山荘方面からトラバって、コル方面を目指してくる。
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 風が強いのでコル付近であきらめて滑って降りていく登山者も多い。しかし、せっかくなので吹雪かれながら上を目指す。斜面はクラストしているのでアイゼンは必須。先日、白馬で6人の登山者が低体温症で亡くなったけれど、GWは天候次第で冬山となりうる。今日も北西風が強くて、時折バランスを崩す。視界もなく、準ホワイトアウトといった様相。二つほど手前のピークを越えると、ようやく神社のある乗鞍岳山頂が見える。
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今回は長く感じた。部分的に、突風が谷から吹き上げ、背負ったボードが強烈にあおられて、吹き飛ばされそうになる。
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 ピークは凍り付いていた。とりあえず到着してホッとする。
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問題はどこから滑り始めるか、だけど、視界がまだないので、いつも滑る頂上直下のルンゼに飛び込む気分にはなれない。と、迷っていると、急にガスが飛び始めた。
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完全には取れないけれど、青空が顔を出し、斜面も下まで見える!
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しかし、まだまだ風が強く、斜面も硬そうなので、今日は無理をせずに、滑り出しを少し下げて、ピークから2つめのルンゼにする。何せ、2年ぶりの山ボード(その2年前も3年ぶりだった・・・)なので安全策。ボードを履いて、斜面に入ると、結構硬い。ところどころやわらかい雪もあるけれど、すべりやすくはない。この天候なら仕方ないか。斜面を降りて振り返ると、ガスがどんどん飛んで、真っ青な空に真っ白な乗鞍がど迫力でそびえる。
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いい景色だ。そこから一気に下まで降ると、膝ががくがくになった。
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それでも、久々の山ボードは十分楽しめた。最後に草の出たゲレンデを歩いて、三本滝まで。駐車場で、カップ焼きそばを食べて、帰路につく。コースタイム、登り3時間。下り1時間ほど。反省点は、サングラスを忘れて、翌日、ひどい雪盲になったこと。この時期の紫外線は特に強烈、油断していました。
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高尾山に登ってきた

2012/04/30 00:21
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連休の直前に、天気が良かったので高尾山に登って来た。
首都圏の人間にしてみたら、「何を今さら」という感じなのだろうけど、名古屋の人にしたら、登る機会がなかなかないので、新鮮で面白かった。そういやミシュランの3つ星観光地らしいしね。

この高尾山。標高は599mで、八王子市のはじっこにある。東京都でありながら、田舎っぽくてなかなかよい。
登山としてはどうってことない。札幌でいう藻岩山みたいなもの。しかし、最近の山ブームもあってか、単独の女子なんかがたくさんいて、意味もなくドキドキする。で、女の子のスカート登山姿をまじまじと見ていたりすると、同行の彼女さんに怒られる。だって、珍しいんですもの。といっても、ハタから見ると、ただのエロ親父にしか見えないらしい。ヘケケ・・・

それはともかく、登山ルートは6つほどあって、自分達は、一番ひと気が少なさそうな、稲荷山ルートを選んだ。それがこんな感じ。
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木組みの階段なんかもしっかりしていて、とても歩きやすいが、適度に野性味もあって、悪くない。

さすがに、こういった学習向け看板なんかもよくできている。ヘビッチさんもびっくりの蛇看板。
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驚いたのは、子供達がたくさん遠足で登っていたこと。
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「こんにちは」「こんにちは」と行き交う数百人の子供達に声をかけられるので、「コンニチハマシーン」と化して、ひたすら返事をする。ほんとほのぼのした山だ。

標高差は全部で400mほど。最後の急登を終えると、広々とした頂上。桜も咲いて、みな浮かれポンチ。
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コースタイムは予定通り片道約1.5時間。ほんと、ちょっとした散歩みたいなもので、気分転換にはいいかもしれない。
山ガールたちは、生ビールで乾杯なんかしてた。うーん、さすが高尾山。
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自分たちは、いつもの山スタイルで、ガスでカップラーメン。これがいいんだわ。
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ちなみに、自分が今まで食べたインスタントラーメンで最高においしかったのは、仁淀川で川に浮かびながらすすったチキンラーメンです。やはりアウトドアのラーメンに勝るものなし!

下りは、もっとも人気の高い表参道、というか一号登山路を下ってみる。すると途中にこんな神社仏閣が。
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こちらは登山道というよりも、ほとんどが舗装されていて、ちょっと面白くない。まあ、ただ見るものはたくさんあるので退屈しない。そして、自分達は、なんとラッキーなことに下る最中に、ドラマの撮影現場に出くわした。

そしてあの有名女優?に遭遇。

この人です。後姿で分かるかな?
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「都市伝説の女」というドラマのロケで、長澤まさみが来ていたのです。
顔はもちろんかわいいけれど、足が長くて、スタイルがとてもいいのにびっくりんこ。
特にふくらはぎの筋肉がカモシカのようでした。さすがアスリートの娘だ。
ここでも、またじろじろ見てたら、相棒に冷たい目で見られ、「早く行くよ」と首根っこをつかまれたので
泣く泣く下山しました。

さすが高尾山。山で、美女にお目にかかれるとは、大したものです。

ちなみに下りルートはこんな感じで、ずっと舗装路。あまり面白くありません。
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とはいえ、これだけお手軽に、登れる首都圏の山はとても貴重です。札幌や松本にあっても登らないかもしれないけれど、東京にある以上、その存在価値は高いと思います。次は生ビールを飲む準備をして、やきとりでも担いでいきたいものです。

ちなみに、下山後、新宿へまっしぐらに向かい、気仙沼大島でお世話になったおばか隊のみなさんと、「世界の山ちゃん」で名古屋飯を楽しんできました。こんなことができるのも、高尾山ならではですね。さすが3つ星!
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NHKスペシャル「宇宙の渚」

2012/04/23 17:25
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NHKスペシャル「宇宙の渚」。宇宙好きの自分としては、抜群に良かった。こんな番組に携わることができたスタッフが本当に羨ましい。何より、じかに宇宙からこの光景をみた古川さんは・・。いや、ほんと「凄い」を通り越して、厳粛な気持ちになる映像群。BBCの自然番組にも劣らない、力のこもったNHK渾身の番組だった気がする。26日深夜0時50分から再放送があるそうです。ほんと、おすすめ。ブルーレイで録画したいところ。第二回のオーロラも楽しみだ。http://www.nhk.or.jp/space/nagisa/ 
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一周忌の気仙沼大島から戻って

2012/04/15 11:08
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マグロの尾頭です!いやカブト焼きか。
お久しぶりです。みなさん。ブログ更新ずっと怠ってしまいました。年度をまたいで再訪していた気仙沼アンド大島から先日戻ってきました。現地では、ネットにアクセスする方法がなく、フェイスブックもブログもメールもノータッチ状態で、マラウイにいるときよりもネットに疎遠かもしれません。

それはともかく、英語のテストによる中休みをはさんで、約1ヶ月、再び気仙沼大島で過ごしてきました。多くの報道で触れられているように、被災地は、いまだ被災地で、「復興した!」とはとてもいえる状態ではありません。まだ間違いなく途上です。それも、先の長い道のりの。そのことを現地で痛感しました。

詳しくは、今後の記事に譲りますが、支援のあり方というのは本当に難しいなと、あらためて思いました。国は違うけれど、やはりアフリカであっても日本であっても、「よそ者」が現地に絡むとき、さまざまな難しい問題が生じてくるのだと実感します。

まあ、とりあえず、これで気仙沼に通うのは一旦区切りをつけて(長期で、という意味では。もちろん短期では定期的に訪問したいところです)次は自分の生活再建に取り組もうかなと思います。現地で、一緒にボランティア活動をしていた元東京消防庁レスキュー隊の先達にも言われました。「そろそろ正業について、それであらためてこちらに来るといい」。確かにそうです。息の長い支援が必要だからこそ、まずは自分の足元も固めないとね。それに、それ以外の周囲からのプレッシャーもいろいろとありまして・・・。

というわけで、満開の桜のもと、鎌倉の大仏に、これからの決意を伝えてきました。
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ボチボチ、次の展開に向けて動き出します。では、手始めに北アルプスにでも・・・
なんて、調子では叩かれそうですが、しっかり人生のビジョンをもって行きたいですね。

ちなみに、鎌倉はいいところですが、大仏はやっぱり奈良ですね。

支援支援と書いてきましたが、正直、いま自分にとって大島は「支援の対象」という感じはあまりしません。「被災者」を支援にいく、というより、「仲間(友人)」の手伝いにいく、というのがもっとしっくりくるかな。そして、お手伝いに行って、逆に世話になって、いろいろなことを教えられているので、一方的な支援ではなくて、双方向的な支えあい、がより感覚的に近い気がします。だから、「時間がきたから関係も終わり!」なんてことは、もうありえないと思います。「友人」はいつまでも友人(ケンカしなければ・・・)だと思うので、自分ができる範囲でつながっていきたいですね。大マスコミなどでよく見かける、わざとらしい「絆」の強調には時に辟易するけれど、自然な「つながり」を保っていけたらな、とは思う。自分もそれなりの、おばかさん、なので。

ちなみに有島武郎君が作詞した母校北大の校歌は、最後こう締めます。

「友たれ永く友たれ」

あらためて思う。
いい歌詞ですね。さすが先輩。

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                                      4月9日、大島浦の浜で



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