ピリカ・アフリカ・ブリタニカ?英国留学珍遊記

アクセスカウンタ

zoom RSS アコンカグア

<<   作成日時 : 2012/02/20 00:11   >>

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 2 / コメント 3

「世界の果てまでイッテQ」という番組を見た。普段から、こういったバラエティーを見るわけじゃない。しかし、今日はタイトルに惹かれて、見ないではいられなかった。

芸人のイモトアヤコが南米最高峰のアコンカグアに挑戦するという。
画像


イモトアヤコのファンというわけでは、決して、ない。興味をひかれたのは、もう一方の固有名詞。アコンカグア。この名前を聞くと、心中穏やかではいられない。2年前の1月、筆者も登りに行ったからだった。結果どうだったかというと、残念ながら登頂することはできなかった。頂上より少し手前の標高6700mで、高山病などさまざまな理由で、登頂を断念した。もちろん、言葉にならないほどに悔しかった。20日かけて一つの山に向き合ったのは、人生で初めてだったし、最後まで力を尽くしたか、という点において、後悔する部分もあった。

アコンカグア自体は、標高7000mに迫る(正確には6962m)高峰であるため、高度や強風などは大変にしても、技術的に困難な場所が特にないので「素人でも登ることができる世界最高峰」という微妙な呼称で呼ばれることもある。世界一周中の旅人が現地で装備をレンタルして、勢いで登ったなんて話も聞くことはある。なので、お笑い芸人が挑戦することも無理ではないけれど、富士山ほどお気楽に登れる山でもない。いわゆる基本的な雪山登山技術は必要だし、高度順応にはそれなりの戦略が求められる。

今回の番組では、これまでモンブランやキリマンジャロに登頂してきたイモトが、ガイドやディレクターらとともに1月の登頂を目指すという。番組を見る限り、ところどころバラエティーゆえのお笑い要素も含まれてはいるけれど、基本的に真面目に登山に取り組んでいるようだった。プロガイドがついているから、当然といえば当然だけど。それにしても最初から最後まで高度順応を順調にこなしていったイモト他、番組スタッフも大したものだと思った。元日に放送していたNHKの「エベレスト登頂」(NHKのディレクターとカメラマンも登頂してた!)には及ばないにしても、登山に素人のディレクターたちが、脱落することなく行動を続けるだけでも、実際にはなかなか大変だったと思う。まあ、これでお金がもらえるというのは、羨ましい世界ではあるが。

今回の放送で驚いたのは、アタックキャンプであるニドに雪がほとんどなかったこと。自分が行った2年前は半月ほどずれてはいたけれど、普通の冬山のように真っ白だった。それが今回は全く雪がなく、かわりに、山行中にかなり雪が降ったようで、膝ラッセルになっていたためトップが辛そうだった。結局、それが最後の結果につながったわけだけど。

画像

山をそれほど知らなくて、番組だけを見た人は、アコンカグアがどれほど厳しいのか、それとも番組スタッフが過度に演出していたか、図りかねたかもしれないが、実際に行った経験からすると「大体、あんな感じ」というのが素直な感想。最後のアタック日、大トラバースで強風が吹き、体感温度−40度としていたけれど、あそこは本当に寒い。吹きさらしでありながら、日が全くささず、ダウンジャケットや目出帽を着用していても、風のあたる部分が凍りつきそうに冷たいし、歩くのをやめて逃げ出したくなる。そして、最後の難所であるグランカナレータ、筆者は結局、そこの途中で登るのを断念してしまったのだけど、あそこで腿ラッセルだったら、熟練のガイドでも大変だろうと思う。そういう意味で、最後に天候悪化を懸念した時間切れで、登頂できなかったとはいえ、6900m近くまで標高をあげたイモトたちはよくがんばったと思う。アコンカグアの難しさは、その天気展開など気象条件によるところは大きいから、あそこで引き返したのは妥当な判断だろう。自分の場合は、天気ではなく、高度順応を焦ったアタック日の判断ミスだったので悔やまれる部分はより大きかったのだけど。
画像


何にせよ、2年ぶりに、敗退した山を目の当たりにして、胸中複雑だった。あのときの自分の情けなさや敗北感を忘れたことはないし、「どうして、登りきれなかったのか」といまだ自分に問いかけたりする。実は、今年の正月にいわゆるリベンジ登山に南米へ行こうかとも思ったけれど、今回は諸々の事情で断念した。もし行ってたら、イモト隊と遭遇してたかもしれない。あの雪の状態だったら、個人・ガイドなし単独行の自分はちょっと厳しかっただろう。それでも、いつかまたアコンカグアには行こうと思ってる。いますぐに行かないと、と焦ってはいないけれど、いつかチャンスがあるときに、もう一度大好きなアルゼンチンで、じっくりと山登りをしたいな。それまで、体力が衰えないように山登りを続け、今度は最後まで冷静な判断を貫き、「折れない心」をきちんと持てるように。
画像


3度目の挑戦でエベレストに登った野口健さんは、あらためてすごいと思う。いろんな批判にさらされつつも、何度も無酸素エベレストに挑戦してる栗城くんなんかも。時間や金をかけて挑んだ山行で、不甲斐ない結果を突きつけられると、その落胆は、とても大きいと想像される。自分の個人的な登山であるアコンカグアでもあれだけ惨めな思いをしたのだから、たくさんスポンサーをつけて登ってる彼らは、なおさらだろう。登山をするのは、個人の勝手だし、いまの時代、成功しても失敗しても「ただの自己満足」と中傷さえされかねないけれど、自分としては、彼らの強靭な精神力や、そこから生まれる粘り強さには率直に感心する。ゴールデン特番の主役として、「絶対に登らなきゃいけない」と責任を感じていたであろうイモトにも同じようなところがあるかもしれない。最後の最後まで自分から「もうだめです」と言わなかった点、敬意を表したい。

番組スタッフには悪いけれど、頂上の映像を見ることができなくて、ある意味良かった。やっぱり、自分の足で登ってこそ、その景色にも価値がある。いつかまた、登りに行こう。


(おまけ)
ついでながら、北大ワンゲルOB会の機関紙に投稿した2年前のアコンカグア登山記ダイジェスト版をつけておきます。2年前の入山料500ドルがすでに750ドルに値上がりしていたようなので、何かしら状況は変わっているかもしれませんが。


アコンカグア遠征記
                               44代 中村雄弥                    
 卒部して早や10年。山への情熱は、今やわずか消え残るばかりとなってしまった自分だが、2010年の1月、南米最高峰のアコンカグア山(6962m/アルゼンチン)へ遠征してきた。すっかりナマッテしまった自分がどれだけ登れるか、自分は今何を欲しているのか、そんなことを確かめるために。
 
 アコンカグア。なぜこの山を選んだか。理由は単純。「南米へ行ってみたかったから」。そしてこれまで4000mまでしか登ったことがない自分が、どこまで高所に登れるのか興味があったから。正直、ルートがそれほど難しくないということも重要だった。なにせアフリカにしばらく居たこともあって、ザイルを使うような山には3年ほど行っていない。ガイドやポーターを使わずに自力で登れそうな点も魅力だった。

 しかしなぜ、長期南米へ出かけられたのか。09年6月に青年海外協力隊(マラウイ国)から戻り、新聞記者を辞め、英国の大学院へ進学準備を進めているところ、半年ほど空白の時間ができた。本来ならばバイトをしたり、勉強をしたり、結婚したり(してません)とすべきことはたくさんあるのだろうけれど、長年会社に縛られていた自分にとっては千載一遇のチャンス。ということで、ずっと憧れていた南米を訪ねることに相成った。

 09年12月に思い立ち、準備期間はわずか1月。記録類はネットに山ほどあるので下調べは難しくない。海外登山保険は、日山協にお徳なプランを見つけた。アフリカでは毎日サバンナをジョギングしていたので、体力的にはそこそこ自信がある。問題は、高山病に弱い体質だった。10年前にアンナプルナBCを訪ねた際、わずか4000mの高度で深刻な高山病に見舞われた。そのとき、「二度と高い山には登らない」と内心思った。比べて、今回の標高は約7000m。不安は大きい。そこで、山本正嘉氏の著作など高所登山に関する文献を読み漁り、自分なりの順化方法を導き出すことにした。過去の記録などを読み進むうちに、正しい方法で順化すれば「大抵の人がアコンカグア級の山には登れる」と確信がもてた。自分もきっと例外ではないと、信じて、南米へ旅立った。
 
 ブエノスアイレスからバスでメンドーサに向かい、そこで食料やストーブ用ガスを買い込む。登山許可は、メンドーサ市内の観光局で取得できる。頂上を狙う登山料金は470ドル。近年値上がりが激しいが、それでもヒマラヤやキリマンジャロに比べると格安と聞く。登山口は、メンドーサから200kmほど離れたプエンテ・デル・インカ。バスで向かう。

初日(標高2700m→3390m)
 登山口に国立公園の係員がいて、ゴミ袋などを受け取る。体重計で荷物をはかると全荷で40キロ超。強化並み。20日間の食事に冬山フル装備を荷揚げするから重いわけだ。標高は高いが、1月の南米は夏なので汗ばむ。初日は標高3390mのコンフルエンシアまでだが、荷物が重すぎて苦労した。しかもいきなりの高地。3時間のコースタイムに6時間を費やす。午後九時、日暮れころにようやくC1着。キャンプ地に詰めている医者から「お前は歩くのが遅すぎる。病気じゃないか?」と疑われた。重いんだって。

2日目(3390m から3925mまで往復)
 高度順応のため、アコンカグア南壁のベースキャンプ(4300m)まで空身で登る予定だったが、昨日無理をしたためか調子が上がらない。結局、頭痛のため3925mで引き返す。文献によると人間には、4000mに最初の高所順応の壁があるらしい。過去にネパールで高山病に苦しんだのもこのあたり。途端に不安になる。「所詮自分には高所は無理なんだ・・・」と弱気の虫。 
 
3日目(3390mから4300mまで往復)
 不安に苛まれるも、まだ3日目。弱気の自分にカツをいれ、再度南壁BCへ高度順応アタック。高所に強い人は2日目に標高4300のプラサ・デ・ムーラスまでキャンプをあげるらしいから、自分はすでに2日遅れ。気は急くが、「高所順応は個人差がある」と割り切り、マイペースでいく。すると、今回は南壁BCまであっさり登れた。人の順化能力は素晴らしい。南壁BCには、長谷川恒夫ばりに同壁を登るドイツ人カップルが居た。

4日目(3390mから4300mへ)
 今日はベースキャンプであるプラサ・デ・ムーラスまでキャンプをあげる。初日に全荷で無理な行動したため高度障害を招いたことを反省し、今回はムーラという馬を使った荷揚げ業者に半分荷物を運んでもらう。おかげで荷物は軽くなり、約8時間の行程も楽勝。ただ、日差しが強すぎて、日焼け止めを塗ったにもかかわらず、肌がボロボロになった。100円ショップで買った日焼け止めだったからか・・・。

5日目(休養日 4300mstay)
 今日は、高度順応のため何もせず、周囲の丘を散歩するだけ。このBCはちょっとした街だ。ネットカフェやピザ屋もある(全部テントだけど)。水汲みもトイレも有料で萎えるが、環境負荷を考えたら仕方ない。診療所の医師に会いに行くと、血中酸素濃度が低く、「この状態ではとても上に登る許可は出せない」と言われ、ショック。高度順応がうまくいっていないのか、夜は全く眠れない。

6日目(4900mキャンプカナダまで往復)
 高度順応で、上部のキャンプカナダまで空身アタック。最近毎日、夕方雪が降っているのでルートが真っ白。過去には「すべて夏道」という記録もあったが、今年は雪が多いようだ。キャンプカナダについて、少し先まで偵察に行くと、真っ白な斜面。アイゼンが欲しくなる。BCにおりると夕方、また雪が降ってきた。もう夏も終わったのか。

7日目(5350mキャンプアラスカまで往復)
 今日は初めてプラブーツを履いてみた。ルートは完全に冬山。それほど急ではないけれど、息が切れる。順応でキャンプアラスカまで往復3時間ほど。下りは、富士山の砂走りのような砂利交じりの急斜面を駆け下りる。診療所に行くと、血中酸素濃度は82%とまだ低い。85%になればゴーサインということで、もう少し順応が必要だ。

8日目 bonita峰アタック(4960m)
 気分転換と順応を兼ねて、ピークと反対方向にあるボニテ峰(4960m)に登る。この標高ならかなり楽に動ける。豪快な岩稜がつきあげた中々かっこいい山。しかし、周囲が巨大なので小さく見える。BCへの帰途、往路に使った橋が、溶け出した氷河に流されていて巻くのに難儀した。血中酸素濃度は88%までアップした。いよいよキャンプ前進だ。

9日目 キャンプカナダへ(4900m)
  許可が出て、意気揚々とキャンプカナダまで全荷であがる。全荷とはいえ、邪魔な荷物はBCにおいていくので多少は軽くなった。アタック用7日分の食材を用意。キャンプカナダでは、ボニテ峰に沈む神々しい夕日が拝めた。今日から雪を溶かして水を作る。標高5000mに近いテン場のためか、熟睡できず、無数の夢を見続けた。

10日目 キャンプニドヘ(標高5400m)
 上部キャンプのニドヘ入る。BCより上は、「キジ打ち」も持ち帰る必要があるので、たくさん出せば、荷物も重くなる。カナダからニドまでは雪の斜面をトラバリながら登る。ニドは吹きさらしの広大な台地。直接ピークも狙えるアタックキャンプなので、多くのテントが張られている。展望もよく、アコンカグアを一望できる。どこかの惑星にいるみたい。しかし、高度障害で全く食欲が湧かない。眠れず、寒く、実にシンドイ夜だった。
 
11日目(休養5400m stay)
 一睡もできず。寒い。吐き気もあり、動く気がしない。今日は休養にしようと一度決めるも、他の登山者から「2日後が天気的にチャンスだ」と教えられ、逆算すると今日のうちにもう少し順応したほうが良いということで、少しだけ上部にアタックしてみる。が、すぐに頭痛で動けなくなり、テントに戻る。晩御飯も全くのどを通らない。本当に高所は苦手なようだ。

12日目(6070mまで往復)
 風強く、朝は−9度。相変わらず体が重い。しかし昼過ぎまでテントで休んでいたら、徐々に体調が回復。せっかくの快晴なので最終キャンプのベルリン小屋までアタックすることにした。歩き出すと、体が軽い。アイゼンをつけると雪面にピシピシと決まって心地よい。5900mのベルリン小屋を越えて、稜線付近に出る。6070mあたりまで標高をあげて引き返す。頭痛も全く出ず、快調。ニドに戻ると、巡回中のレンジャーが「明日はチャンス。明後日以降は天気が悪くなる」と教えてくれた。急ではあるが、翌日のアタックを決める。ニドから出ると標高差1500mのロングアタックになるが、行けなくはないだろう。出発は朝3時として、夜半までお茶と水を繰り返し、飲み続ける。

13日目(6962m頂上アタック, 6700m引き返し)
 約2時間の仮眠を経て、1時起床。食欲は全くないが、無理やりラーメンを詰め込む。午前3時発。周囲のテントもまだ寝静まったまま。月光とラテルネの灯を頼りに闇の中を登っていく。明星がまばゆい。上下羽毛服だが、底冷えが激しい。ベルリン小屋を越え、稜線に出るとようやく他のルートから登ってくる登山者に遭遇した。ようやく太陽も顔を出し始め、雪面が紅に燃ゆる。標高6070の先から長いトラバース。アイゼンの歯が浮くほど雪面が氷化していて、かなり緊張を強いられる。しかも、時折耐風姿勢が必要なほど風が強い。ピッケルを持ってこなかったことを本気で後悔した。過去の記録から、ストック・アイゼンで問題ないと踏んでいたが、今回の状態なら十分滑落もある。数百メートルのトラバリを終えると、かなり消耗。この状態が続けば、ピッケルなしでの登頂は厳しいかと弱気にもなる。しかし1時間ほど休憩したのち、様子をみながら進むことにした。太陽が出ても気温は低い。−20度ほど。風もあいまって、北海道の厳冬期以上に寒い。引き返す人も結構出てきた。
 しばらく進むとアコンカグア最大の難所へ。果てしなく続く巨大トラバース。ルートは難しくないが、体力的にキツイ。谷から烈風が吹き上げ、陽光が全くささない。休める場所もほとんどなく、常に吹きさらしの状態。嫌がらせとしか思えないルートだが、行くしかない。凍りつく狂風が呼吸をさえぎり、息をつくのも苦しい。我慢我慢で、じりじりと進み、急斜面を登りきると標高6600mのクーロワール入り口についた。疲労困憊。息が切れ、足元がふらつき、頭痛も激しい。高度障害は明らかだ。座るともう動く気がしない。しかしピークはもう見えている。迷った。・・・。行けるかもしれないが、高度障害がひどくなった場合、独りで下まで降りられるだろうか。悩みに悩んだ結果、ワンゲル時代だったら、自分はどう判断するかと想像した。そして、「引き返す」ことにした。所詮自分はリスクをとれなかったのかもしれない。快晴のアコンカグアピーク。目の前の頂点が果てしなく遠く思えた。
 フラフラになりながら、テン場に逃げ帰り、茫然自失のまま、残照のアコンカグアをテントから見つめていた。一緒に登っていたイタリア人のロベルトがピークから帰ってきた。「もうすぐピークだったのに、どうして行かなかったんだ」と言われ、自己嫌悪。あそこで引き返してしまう弱さが、自分にはきっとある。
 
14日目 ベルリン入り(5950m)
 体力的にも精神的にもドン底で、起床はなんと午前10時半。悪天予想に反して、ピークも快晴無風。結果論だが、1日長く高所順応に費やして、今日アタックすれば、より登頂の可能性は高まっただろう。
 もう帰ろうかとも思ったが、心は不完全燃焼。レンジャーに天気を確認すると、天気は「明日まで持つかもしれない。その後は烈風が吹くから登山は無理だ」という。奮起して、もう一度明日アタックを狙うことにする。すぐに心が折れてしまう自分を克服したい気持ちもあった。ベルリン小屋までテントをあげる。「ダメでもともと。敗退するにしても納得できる敗退を」。

15日目以降
 3時起床。しかしあまりに風が強すぎる。テントの回収にも手間取る。すでに悪天の兆候が出ているようだ。稜線に出ると、強風は顕著。一昨日のアタックよりも倍以上は風が強い。ジェット気流のようだ。6070mからの長いトラバリは、終始耐風姿勢。気を抜くと本当に倒される。牛歩程度にしか進めない。あっさり悟った。「これは無理」。ここまで風が強いと笑うしかない。こうして、アコンカグアの敗退が決定した。
 そう決まると下山は早い。駆け下りるようにベルリンまで戻り、ニドを経由して、BCまで一気下山。ここ数日晴天だったため、真っ白だった斜面の雪がすべて溶けて、アラスカから下は夏道のようになっていた。これが通常の姿かもしれない。日焼けがひどく、ムーラスで医師から「なんてひどい日焼けだ。ヘリで下山しろ」と言われ、焦る(風が強く、結局徒歩で帰る)。結局、顔中に包帯をまかれ、ひどい状態で下山することになった。その夕方、メンドーサの町にミイラ男が出没したと、風の噂に聞いた。 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
面白い
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
レイバン 店舗
アコンカグア ピリカ・アフリカ・ブリタニカ?英国留学珍遊記/ウェブリブログ ...続きを見る
レイバン 店舗
2013/07/05 17:11
エアマックス 95
アコンカグア ピリカ・アフリカ・ブリタニカ?英国留学珍遊記/ウェブリブログ ...続きを見る
エアマックス 95
2013/07/09 22:12

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
アコンカグアに挑戦していたのは知っていたのに、いま“現地読み”してみるとまた違うもんだ
先週サンチアゴからメンドーサまで行かず、もっと国境近くのウスパヤタとゆう村にキャンプしてきたよ
メンドーサはどうゆう街? アルゼンチンが好きとゆうのはどの街をもって?
南米は他にどこ行ったんだっけ??
関係ない話でごめん
Naoko
2012/02/22 04:01
Hola.メンドーサはワイン好きにはたまらない街だよ。ワインの王国。アルゼンチンが好きなのは、タンゴとワインが大きいかな。あとはパタゴニアの雰囲気ね。特にフィッツロイあたりが好きかな。でもチリ南部もいいところだと思うので、アルゼンチンが特別なのかはよく分からない。どこか面白いところいったらアップしてね
yuya
2012/02/23 14:01
Gracias!
Naoko
2012/02/24 15:44

コメントする help

ニックネーム
本 文
アコンカグア ピリカ・アフリカ・ブリタニカ?英国留学珍遊記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる